新編秋田弁講座文法篇第25課：助動詞⑯：敬譲「す」

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文法篇第25課：助動詞⑯：敬譲「す」

　みなさんこんばんは。

　齶田浦蝦夷です。

　今回は秋田弁講座第25回目。

　秋田方言の敬語表現にあたる「す」について学びます。

　構成はいつも通り、

　最初に文法

　後で対訳付き秋田方言会話。

　ともあれ今回の講座を始めます。ではどうぞ。

文法

１．秋田弁の敬譲の助動詞

　標準語の「です」「ます」に当たる助動詞として、秋田弁には助動詞「す」がある。秋田弁の「す」は、用言の終止形に接続する。

２．秋田弁の「す」の活用：以下の通り、終止形しかない。

	秋田弁	標準語
終止形	す	です/ます

３．秋田弁の「す」の用法

原則：以下の通り、秋田弁の通常の表現の終止形に、敬譲の「す」を添えるだけ。

	秋田弁　通常	秋田弁　敬譲
動詞の例	行ぐ。	行ぐす。
形容詞の例	寒び。	寒びす。
形容動詞の例	静がだ。	静がﾝだす。
指定の助動詞「だ」の例	あれ犬ﾝだ。	あれ犬ﾝだす。
動詞型助動詞の例	笑われる。	笑われるす。
形容詞型助動詞の例	知らねぁ。	知らねぁす。
形容動詞型助動詞の例	雨降るえんだ。	雨降るえんだす。
指定の助動詞「だ」型助動詞の例	雨降るあんだ。	雨降るあんだす。
特殊型助動詞の例	頑張った。	頑張ったす。

説明

１．秋田弁の「す」については、助動詞「べ」を除けば例外なくこの「用言の終止形に接続する」という原則が適応される。

２．標準語やその他の日本の方言では、尊敬語、謙譲語、丁寧語と、敬語表現も色々あるようだが、こと現代秋田方言たる秋田弁についていえば、用言の敬語表現はこの助動詞「す」だけですべて事足りる。極めて単純である。

３．因みに、その他の敬語表現も数が少なく、「あなた」は「あﾝだ」、「～様」は「さん」という程度である。神さま仏さまも「神さん」「仏さん」というし、天皇家の「○○様」という表現も伝統的な方言を維持しているお年寄りは普通に「○○さん」と言う。あとは、「お父さん」「御利益」などの「お-○○」「ご-○○」という表現は秋田弁でも聞かれる。

例文

	秋田弁　通常	秋田弁　敬譲
動詞	おれも行ぐす。	私も行きます。
形容詞	今日ﾝだば寒びす。	今日は寒いです。
形容動詞	こごﾝだば静がﾝだす。	ここは静です。
指定の助動詞「だ」	あれ犬ﾝだす。	あれは犬です。
動詞型助動詞	人かって笑われるす。	人に笑われます。
形容詞型助動詞	そんだごどおら知らねぁす。	そんなこと私知りません。
形容動詞型助動詞	これがら雨降るえんだす。	これから雨が降るようです。
指定の助動詞「だ」型助動詞	今日雨降るあんだす。	今日雨が降るんです。
特殊型助動詞	おら頑張ったす。	私、頑張りました。

説明

１．ご覧の通り、秋田弁と標準語とでは対訳しても綺麗な対応関係にはならない。「ねぁす」＝「ません」などは語順レベルで変わっていることからも、秋田弁の敬譲表現を標準語訳との対応関係で覚えようとすることの難しさがわかるだろう。

２．以上の理由から、置換で秋田弁を覚える趣旨の翻訳篇でも敬譲表現ばかりは文法的な理解を勧めている。というか通常の秋田弁の用言に「す」を添えるだけなのだから、文法的な覚え方などと言ってもなにも難しくはないだろう。

注意

・助動詞「す」は原則文末に置かれ、後ろに言葉は続かない。

「す」の後ろに続けられる例外は、秋田弁でも以下のものに限られている。

①助動詞：「べ」

②接続助詞：「ども」「がら」

③終助詞：「が」「な」「や」「もの」

例文

	秋田弁　通常	秋田弁　敬譲
す＋べ	あﾝだも行ぐすべ？	あなたも行くでしょう？
す＋ﾝどもす＋や	今日ﾝだば寒びすﾝども、昨日ﾝだばなんも寒びぐねぁがったすや？	今日は寒いですけれども、昨日はぜんぜん寒くなかったですよ？
す＋な	こごﾝだば静がﾝだすな。	ここは静ですね。
す＋もの	犬ﾝだすもの。そえﾝだば吠えるすべ。	犬ですもの。それは吠えるでしょう。
す＋がら	人かって笑われるすがらんたす。	人に笑われますから嫌です。
す＋が	お客さん来ねぁすか？	お客様は来ませんか？
	これがら雨降るえんだすか？	これから雨が降るようですか？
	これぐれぁ別にいねぁすか。	これくらい別にいいじゃないですか。
す＋べ＋が	今日雨降るなﾝだすべが。	今日雨が降るのでしょうか。
す＋べ＋が	あの子頑張ったすべが。	あの子は頑張ったでしょうか。

説明

１．「ども」は逆接「～けれども」、「がら」は理由「～から」に当たる接続助詞。「が」は疑問「～か」、「な」は念押し「～ね」、「や」は念押し「～よ」、「もの」は説明「もの」に当たる終助詞である。終助詞は後で習うので、その時に覚えて欲しい。

２．なお、敬譲「す」＋疑問「が」→「すか」と、疑問「が」の音が濁音から清音「か」に変化する。ここは注意しておこう。

３．最後の例２つ。敬譲「す」＋推量「べ」＋疑問「が」は、要は「べが」＝「だろうか」を敬語表現に直したものである。よって訳としては「すべが」＝「でしょうか」くらいの意味になる。この場合は、疑問「が」は「す」に直結しているわけではないので、通常通り「が」と濁った音になっている。「すか」の時以外は「が」が清音になることはない。

４．なお、「す」＋「ども」「がら」は、実はそんなに使われる表現ではない。秋田弁の用言の敬譲表現は基本的に文の終わりに使われる傾向があり、「ども」「がら」のような文を続けるための言葉（接続助詞という）と一緒に使うのはビジネスなどよほど敬語に気を遣う場面でないと普通は使わない。

５．更に秋田弁話者は、たとえ話し始めに敬譲表現「あﾝだ」「～す」などを使っていたとしても、話の途中から通常の敬譲表現を用いない通常の言葉遣いに戻ることが多い。それくらい敬語表現は秋田弁において不安定・未発達なのである(少なくても現代秋田弁では)。

６．とはいえ、秋田にも城があり殿様がいたわけなので、秋田県全域・全身分で敬語が発達していないわけではなかっただろう。戦前に編纂された『秋田方言』(昭和四年,秋田縣學務部學務課編輯,秋田縣學務部學務課發行)や、伝統的な秋田方言の語彙を例文付きで書いてある『語源探求　秋田方言辞典』（2001年,中山健編著,語源探求　秋田方言辞典刊行委員会発行）では、尊敬語として「～やる」、「～みしゃる」(いずれも「なさる」の意味らしい。)などが語彙として記録されているので、おそらく昔（の城下町の旧士族の秋田方言など）であれば、ちゃんとした敬語もあったのだろう。

会話

注意：(す)は、あっても間違いではないが通常の秋田弁会話としてはない方が自然なケース。

なお、秋田弁の会話では、一度でも「す」を使ったからといってずっと丁寧語調のままとは限らない。そのことをこの会話を通して体感してもらいたい。

A：あいー、旦那さん、髪いげぁなったねぁすか。羨ましごど。としょってまﾝだこえﾝだげ

訳：あらぁ、旦那さん、髪が多くなったじゃないですか。羨ましいなぁ。年老いてまだこれほど

髪残ってだ人そー見ねぁすや？

髪が残っている人はそう見ませんよ？

B：おや、んだすか？おらえの人がだﾝだばままﾝでこんだえんだあんべぁﾝだ(す)がらなも

訳：おや、そうですか？私の家の人たちは皆一様にこのような具合だ(です)からぜんぜん

気にしたごどねぁがった(す)ﾝども、珍しもんだすか？

気にしたことはなかった(です)けど、珍しいものですか？

A：珍しー。七十より先なってして男人[おどごひと]ﾝでこー髪よげぁあるってば、まんず

訳：珍しいよ。七十歳以上になってそして男性でこう髪が多くあるとなれば、まず

見るごどねぁ(す)もの。あﾝだえﾝだばたいした髪さ恵まえでだえんだすな。

見ることはない(です)からね。あなたの家はとても髪に恵まれているようですね。

B：おや、ほんとﾝだすか？たしかにそーいわえれば、よぐおなじぐれぁのとしの人がだかって

訳：おや、本当ですか？たしかにそう言われると、よく同じくらいの歳の人たちに

「髪ふさふさでぁしていごど。」だどってゆわえる(す)ﾝども。

「髪がふさふさでいいなぁ。」と言われる(言われます)けれども。

A：あい、そえﾝだばんだすべー？おらがだとしょりなの、男ﾝでもおなこ゚ﾝでもままﾝで

訳：あら、それはそうでしょう？私たちお年寄りなど、男でも女でも皆一様に

としにかって髪薄しぐなるあじ当だり前ぁﾝだ(す)もの。こーいげぁﾝだげ髪おいでだな

歳のせいで髪が薄くなるのが当たり前だ(です)からね。こう余計なほど(=多く)髪が生えているのを

見ればはー、そえﾝだばだえﾝでも羨ましど思うものﾝだー。

見れば、それは誰でも羨ましいと思うものだよ。

B：んー、そんたもんだすか？

訳：うーん、そんなものですか？

A：そんだもんだー。ほら、人って自分にねぁもの人持ってだな見れば羨ましぐなるものﾝ

訳：そんなものだよ。ほら、人というのは自分にないものを人が持っているのを見ると羨ましくなるもの

だねぁすか。そえど同じごどﾝだー。

じゃないですか。それと同じことだよ。

B：なるほﾝどなー。…んだごったば髪ふさふさでぁどって騒か゚えだづぎ、こんどがら黙って

訳：なるほどねぇ。…そうであるならば髪がふさふさだと言って騒がれた時は、今度から黙って

「ありか゚どさん。」ちゅった方いすな。おれまだたんだにお世辞ゆわえでだもんだどもって、

「ありがとう。」と言った方がいいですね。私ったらただお世辞を言われているものだと思って

「なもなも、こえんたな普通ﾝだべ？」だどっていってしまったでぁは。

「いやいや、このようなのは普通だろう？」と言ってしまったよ。

A：あい、そんだごどいってしまったなﾝだすか？そえﾝだばうまぐねぁすな。人かって

訳：あら、そんなことを言ってしまったのですか？それは都合が悪いですね。人に

嫌味ﾝだどもわえるがもしえねぁ(す)もの。こんどがらちゃんと気ーつけねぁば。

嫌味だと思われるかもしれない(です)からね。今度からちゃんと気をつけないと。

B：んだやな。さっさっ、あまり髪のごどﾝで軽口[かるぐぢ]叩ぐもんでねぁ(す)な。なに

訳：そうだよね。失敗したなぁ、あまり髪のことで軽口を叩くものではない(です)ね。なにが

元ﾝで人がだかって嫌わえるがわがらねぁしておっかねぁー。

原因で人々に嫌われるかわからなくて怖いよ。

A：まず、デリケートﾝだ話ﾝだ(す)ものな。髪のごどﾝだばおが話題にさねぁ方いがもしえねぁ

訳：まぁ、デリケートな話だ(です)からね。髪のことはあまり話題にしない方がいいかもしれない

(す)な、たしかに。…さっ、旦那さん、やっとごさ決まった(す)や？なんたﾝだすか？

(です)ね、確かに。…さぁ、旦那さん、ようやく決まった(決まりました)よ？どうですか？

もーすこし短けぁぐした方いー？

もう少し短くした方がいい？

B：あーなも、いす、こえぐれぁﾝで。こえより短けぁぐさえれば寒びしてなもかもならねぁ

訳：ああいや、いいです、これくらいで。これより短くされると寒くてしかたがない

べせぁ？

だろう？

A：ははは、たしかにんだすな。今年なのたいした寒び冬ﾝだ(す)ものな。髪もおが切ねぁ

訳：ははは、たしかにそうですね。今年などとても寒い冬だ(です)からね。髪もあまり切らない

方いがもしえねぁ。

方がいいかもしれない。

⁠

しめぁに

　以上で今週の秋田方言の講座はおしまい。

　ではまた来週。

　へばな。

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