格助詞
現代秋田弁の格助詞
現代秋田弁の場合は、標準語との対応関係は以下の通りです。
1:が
①原則:が→省略
例:花が咲く→花咲ぐ 雨が降る→雨降る 等々
②強調・主語明示:が→か゚
例:花が咲く→花か゚咲ぐ 雨が降る→雨か゚降る 等々
説明:現代秋田弁では、原則として①のように「か゚」を省きます。ただ、主語がなんなのかをはっきりさせたいときはやはり「か゚」を使用することがあります。
なお、近代にあった「ぁ」「な」といった表現は現代では使われません。
2:の
①原則:の→の
例:私の本だ。→俺の本だ。 秋田の伝統だ→秋田の伝統だ
②例外:「のもの」という意味の「の」→「のな」
例:これは私のだ。→これぁー俺のなだ。 それは誰のだ?→それぁー誰のなだ?
説明:ご覧の通り、「のな」で「のもの」の意味を表します。
③例外:「こと」「もの」という意味の、用言名詞化の「の」→「な」
例:叱られるのは嫌だ。→叱られるなぁ嫌[や]んだ。 赤いのと白いのとが咲いた→赤げぁなど白れなど咲ぁだ。
補足:因みに「あじ」もこの「な」と同じ意味を表します。
例:叱られるのは嫌だ。→叱られるあじ嫌[や]んだ。 赤いのと白いのとが咲いた→赤げぁあじど白れあじど咲ぁだ。
3:に→に
特に説明すべきことなし。「に」は現代秋田弁でも「に」のままです。
例:人に言う→人に言う 学校に行く→学校に行ぐ ここにある→こごにある 等々
4:を
現代秋田弁では、「を」に当たる言葉は、全面的に近代のそれと大きく異なるので注意しましょう。
①原則:を→省略
例:人を泣かせる→人泣がせる 山を見る→山見る
②例外:を→どご(人や動物が対象の時のみ使ってよい)
例:人を泣かせる→人どご泣がせる 犬を見る→犬どご見る
説明:現代秋田弁では、「を」は原則省略。例外的に「人を」「動物を」の文脈の時だけ「どご」という、「を」に相当する役割を果たす言葉が使われています。
…まぁ時々「物」とかにも「どご」を使うことがありますが。原則はこうだけど、やっぱり「を」みたいな言葉がないとわかり辛いなぁと話者が感じた時は「どご」を任意で入れたりしますね、はい。言語というのは現実を前にすると割と柔軟に対応するものです。使い手が人間だからね。仕方ないね。
なお、近代には「をば」という表現がありましたが、現代秋田弁ではそのような言葉は使われません。
参考:ちなみに『秋田方言』には「どご」は載ってませんでしたが、同系統の言葉と思しき言葉「どさ」は載っています。こちらは「へ」の意味ですが、やはり「人へ」「動物へ」と、生物に対してのみ使われたようです。
5:へ
現代秋田弁でも、「へ」に当たる言葉は近代同様①さ、②どさ、③ゃ、の三種類があります。
使い方もやはり近代と同じで、①が原則、②は「人へ」「動物へ」という文脈の時に、③は「こっちへ」など、「-ちへ」となるときに使われる形です。
①へ→さ
例:山へ行く→山さ行ぐ 実家へ手紙を書く→実家さ手紙ー書ぐ
②へ→どさ
例:親どさ手紙ー書ぐ 犬どさ餌やる
説明:「親」は人、「犬」は動物。なので「どさ」を使うというわけです。
③へ→ゃ
例:こっちへ来い→こっちゃ来い そっちへ行くな→そっちゃ行ぐな
説明:ご覧の通り近代と同じですが、現代秋田弁では「まっちゃ」という表現は使われません。「町[まぢ]さ」は「まぢさ」のままです。
補足:ところで、現代秋田弁の場合、「さ」は近代秋田方言に比べて、実は用法の範囲が相当広がっていたりします。
というのは、嘗ての秋田方言では「へ」=「さ」のような対応関係で済んでいたのですが、現代秋田弁の「さ」は、標準語の「に」の用法のいくつかにまで手を伸ばしているからです。
以下に例を挙げていきましょう。
①動作の対象「~に」→「~さ」と言う方が普通になった。
例:先生に言ってくれ→先生さ言ってけれ 神様に祈れ→神さんさ祈れ 等々
②動作の場所「~に」→「~さ」と言う方が普通になった。
例:どこにある→どごさある 家にいる→家さいる 等々
例はすべて「さ」で統一してありますが、対象が「人」「動物」の場合は「どさ」を使っても構いません(例:「先生どさ言ってけれ」等)し、「あっち」「こっち」などに付く時は「ゃ」を使っても構いません(例:「こっちに置いた→こっちゃ置だ」「どっちにある→どっちゃある」等)。
ともあれ、現代秋田弁の「さ」「どさ」「ゃ」はこのように、動作対象・動作場所などの「に」の用法にまで使用範囲が広がっているのでした。これ以外にもいくつか「に」を使うべきところで「さ」を言うことはありますが、とって代われているというほどには浸透していないのでそれらについては割愛致します。まぁ実際に方言を聞いてる時は「さ」=「に」という解釈をしていればとりあえず間違いないです。
6:で→で
例:包丁で切る→包丁で切る 事故で遅れる→事故で遅れる 等々
7:と
現代秋田弁の「と」は、近代のそれに比べてかなり複雑です。
というのは、近代では全て「と」→「ど」という変換方式で済ませられたのに対し、現代秋田弁では引用・内容の「と」→「ど」「って」「どって」「だどって」、それ以外の「と」→「ど」というように、使われる言葉が多様化し、且つ使う文脈が細分化されてしまったからです。
まぁなにはともあれ、以下、詳しく見て行くとしましょう。どのみち助動詞とかの活用表覚えるよりかずっと楽ですしね。
①引用・内容以外の「と」→「ど」
例:誰と行こうかな→誰ど行ぐがな あいつとは喋るな→あれどだば喋るな
②引用・内容「~と思う」の「と」→「ど」
例:そうだと思う→んだど思う 来ると思ったのだがなぁ→来るど思ったあんだどもな
説明:ご覧の通り、動詞「思う」に直接接続する「と」です。因みに漢字表記だと分かりませんが、実は発音もつながって「どもう[と思う]」「どもって[と思って]」「どもえば[と思えば]」などと発声されます。「どお」が「ど」の一語になっちゃうんですね。
③引用・内容「~と」→「~って」
例:分かったと答えた→分がったって答えだ 知らないと言う→知らねぁって言う
④引用・内容「~と(言っ)て」「~と(思っ)て」→「~どって」
例:頑張りたくないと(言っ)て座り込んだ→頑張りでぐねぁどって座り込んだ このまま生きていたとしてもなんにもならないと(思っ)て絶望している→このまま生ぎでだたってなんもならねぁどって絶望してる
説明:ご覧のように、「と言って」「と思って」という動作が省略されている「と」を表す言葉として使われるのが「どって」です。まぁ普通に「ど言って」「ど思って」が省略されてできたんでしょうね。
⑤直接引用「『~』と(言っ)て」「『~』と(思っ)て」→「『~』だどって」
例:「頑張りたくないよ」と(言っ)て座り込んだ→「頑張りでぁぐねぁでぁ」だどって座り込んだ 「このまま生きていたところでなんにもならないだろうな」と(思っ)て絶望している→「このまま生ぎでだたってなんもならねぁべな」だどって絶望してる
説明:ご覧のように、誰かが言ったり思ったりした言葉を、そのまま引用する時に使う言葉です。いわゆる「直接引用」ってやつですね。臨場感出すために使われる引用法ですな。
ちなみに②~④も実は直接引用可能です。⑤はまぁ、それを明示する言葉だと思ってください。
補足:「~という名詞」は「~で名詞」と言う。
例:阿仁という村→阿仁で村 太郎という人→太郎で人
説明:近代秋田方言の「って」が更に訛って「で」となった感じですね。それだけです。
8:から→がら
例:私から始めよう→俺がら始める 今から行くってかい→今がら行ぐってげぁ
補足:「~てから…する」→「~てがら…する」と言う。
例:集まってから話そう→集まってがら話すべ これができてから休もう→これでぎでがら休む
説明:現代秋田弁の場合、「て」は直前の音が「き」「し」「っ」以外の時は必ず「で」に濁ります。近代と違って「き」や「し」の時は濁らない。これは要注意ですね。(例:あれも来てがら行ぐべ。 少し勉強してがら休むは。 等々)
9:より→より
現代秋田弁では、「より」はそのまま「より」といいます。標準語よりになってますね。もっとも、近代秋田方言同様、標準語の「より」にはない意味「~より他に…ない」の意味も持っていますので、相変わらず注意が必要です。
①比較対象「より」→「より」
例:私よりあいつの方が大きい→俺よりあれのほ大っき これより綺麗な石はない→これより綺麗だ石だばね
②唯一無二「~より他に…ない」→「~より…ね」
例:これ一つよりほかにない→これ一っつよりね 一つより他にもらえなかった→一っつよりもらわれねがった
10:によって→かって
「かって」は、近代秋田方言の「にかって」に当たる言葉です。使い方も近代のそれと同じです。すなわち、①受動の加害者明示「~によって…れる」、②原因「~によって」の二つに分かれます。
①「~よって…れる」→「~かって…れる」
例:人によって酷い目に遭わされた→人かって酷で目に遭わされだ 犬によって噛まれた→犬かって噛まれだ
②原因「によって」→「にかって」
例:蚊によって寝られない→蚊かって寝られね 雪によって埋まった→雪かって埋まった
説明:なお、現代秋田弁では、近代秋田方言にはあった「~たにかって」という表現はありません。
おわりに
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