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北千島アイヌ=クリル人の神話・伝説を無料で知りたい人へ 附:北千島アイヌとコロポックルの正体についての文献紹介

北千島アイヌ=クリル人の神話・伝説を無料で知りたい人へ 附:北千島アイヌがコロポックル伝説を聞いた時の反応についての文献紹介

みなさんこんばんは。齶田浦蝦夷です。

 

 以前、「アイヌ神話をアイヌ語で読みたい・知りたい人へ ~インターネットのサイト:国立国会図書館デジタルコレクションで無料で読めるオイナ・ユーカラの原典資料の紹介~」のところでも紹介した「国立国会図書館デジタルコレクション」の「個人向けデジタル化資料送信サービス(個人送信)」に関わることですが、

 

 こちらのデジタルコレクションを使うと、少なくとも日本側では、今はすでに民族として消滅した北千島アイヌ=クリル人の神話と伝説、そして北千島アイヌ自身の「コロポックル伝説」を耳にした時の反応などを知ることができる文献も閲覧可能とわかったので、

 

 今回その紹介のためにちょっくら紹介しておきますね。

その前に:そもそも北千島アイヌってなに?あといつもみたいに北千島アイヌ語の原典資料の紹介はないの?

さて、文献の紹介の前に、当サイトが基本的に言語に携わるものであり、アイヌ神話の紹介にしても基本的にアイヌ語原典附きじゃないと

 

 紹介したがらないめんどうなサイトであるにも関わらず、何故今回アイヌ語原典のないアイヌ神話の文献を紹介するのか。ていうか「そもそも北千島アイヌ=クリル人ってなんだよ?」という問いに答えなければなりませんね。

 

 

 まずは北千島アイヌとは何か、という話からざっくり申し上げましょう。

 

 我々大多数の日本人=和人はアイヌのことをざっくりアイヌとしか呼びませんが、

 

 実のところアイヌにも色々種類があるのです。大別すれば以下四種。

 

 一つは北海道アイヌ。北海道島、および北方四島を居住地としてきた我々のよく知る(?)アイヌ民族のことですね。因みにこの北海道アイヌ自身もいくつかのグループに分かれますがまぁマニアックな話なのでここでは割愛します。

 

 一つは樺太アイヌ=エンチゥ。これは今までもアイヌ関係でたびたび言及してきた、樺太=サハリンに住んでいたアイヌ民族ですね。

 

 樺太アイヌはアイヌの一種ではありますが、老人言葉を使うとアイヌ[aynu]ではなく「エンチゥ[enciw」とも言います。というかアイヌもエンチゥも人間を意味する言葉です。アイヌと言うと専ら北海道アイヌのことばかりになるので、最近は敢えて「エンチゥ」と呼ぶことも多いみたいですね。

 

 一つは東北アイヌ。これは江戸時代の頃にまだ日本本土の青森県津軽半島等にアイヌの集落があったので、その人たちを指して「東北アイヌ」と呼ぶことが多いです。江戸時代に日本人と同化したのですでに民族として消失。資料もほぼないですね。神話も言い伝えも言語も記録として遺されていません。

 

 そして最後の一つが、今回とりあげる北千島アイヌ=クリル人です。北千島アイヌは北方四島よりも更に北の千島列島で生活していたアイヌのことです。

 

 これをロシアや西洋の方ではクリル人と呼んでいたので、クリル人とも言われるわけですね。

 

 で、この問題の北千島アイヌなんですが、神話や言い伝えの「アイヌ語原典」は現存しておりません

 

 というのも、そもそも北千島アイヌが日本の支配下に置かれたのは、実は1875年の樺太千島交換条約によってようやく、というくらいには日本側にとって馴染みの薄いアイヌだったのです。蝦夷=北海道アイヌ、北蝦夷=樺太アイヌ=エンチゥに比べると、日本側との接触のまぁ少ないこと。

 

 そして更に問題なのが、伝統習俗の廃れっぷりと人口の少なさ。交換条約時点での(日本側に移住した)北千島アイヌ=クリル人の人口は100人未満という風前の灯火状態。更にその9年後の1884年の色丹島への集団移転により、人口は60数名にまで激減。

 

 加えて習俗の話になると、交換条約時点ですら宗教はその全員がロシア正教信徒となっていました。かろうじて当時の古老が昔の習俗や神話・言い伝えを覚えていた程度で、大分ロシア化が進んでいたわけですね。

 

 言語についてはまだ辛うじて北千島アイヌ語を使う人がいたようですが、ロシア語も話すくらいにはロシア化していました。

 

 まぁ結局、人口規模の異常な少なさ、急激な人口減や文化・習俗の廃れっぷりからも察せられるように、本格的な言語学調査を待つ前に話者はいなくなり、北千島アイヌ語は消滅しました

 

 一応言語資料が全くないわけではないのですが、それは言語学者が詳細に記したとかそういうのではなく、現地で調査した人が簡素な語彙調査と文法調査を行った程度なのです。

 

 というわけで結論。神話や言い伝えの北千島アイヌ語の原典なんて残ってねぇ。よってアイヌ語原典の紹介のしようがないのです

本題:北千島アイヌの神話や伝説、伝承を知るにはどうしたらいいか?

さて、北千島アイヌ=クリル人の言語についての絶望的な状況については先に述べた通りなのですが、

 

 ではそんな状況でどうやって北千島アイヌ=クリル人の神話や伝説、伝承を知ることができるのかというと、

 

 そこは人類学者さんの出番です。

 

 実は詳しい言語調査こそできませんでしたが、その習俗に関する調査については、日本の「鳥居龍蔵」という
 人類学者さんがかなり詳細に記述してくれています

 

 その調査内容の中に神話や伝説の類も含まれていたため、これを知ることができたわけです。

 

 というわけでそれを知るための書籍の紹介に移りましょう!

紹介:北千島アイヌ=クリル人の神話・伝説を無料で知りたい

北千島アイヌ=クリル人の神話や伝説を知る方法は一つ

 

 「Etudes Archeologiques et Ethnologiques. Les Ainou des Iles Kouriles.」を読むこと!

 

 …鳥居龍蔵さんがフランス語で発表してしまったので日本でほとんど注目されてなかったんですね。

 

 これの日本語訳版「考古学民俗学研究・千島アイヌ」を読むことです。

 

 この日本語版の奴は、『鳥居竜蔵全集』第5巻(朝日新聞社,1976年)の310頁目から掲載されています。

 

 デジタルコレクションで言えば『鳥居竜蔵全集』第5巻のコマ番号「163/357」からです。

 

 そして、千島アイヌの神様については同書の445頁、デジタルコレクションで言えばコマ番号「230/357」から
「二五、千島アイヌの神々」という題目で載っています。

 

 内容は実際に御自分で見てくださいね。著作権法上の問題があるのでここで詳細は述べられません。

 

 まぁ興味を持ってもらえるように軽く言うと、北千島アイヌにおいては「カムイ」=「神」の名がつくものは、カンナンカムイ、チャマカムイ、ペカムイ、アトゥイカワンカムイ、キムタカムイ、ポワンカムイ、キンタカムイ、チャチャカムイの八柱しかいなかったみたいですね。

 

 書籍ではそれぞれの神についての詳しい説明がありますので是非ご覧ください。神により説明に濃淡がありますが、多分伝承として詳しく残っているものとそうでないものがあったのでしょう。日本神話の月読尊以上に記述のない神もいます。)

 

 次に神話や伝説の話。

 

 こちらは同書p469、デジタルコレクションのコマ番号「242/357」から「第二十一章 千島アイヌの伝説と神話」という題目で載っています。

 

 伝承者は北千島アイヌの古老グレゴリ(ロシア語名なのは先述の北千島アイヌの説明で察してください。)。記された伝説は15篇

 

 千島列島の誕生や半神半人の巨人伝説、北千島アイヌが竪穴住居に住むようになった理由等の伝承が記述されています。まさに神話ですね。

 

 まぁ詳しくは実際の書籍を御自身で読んでください。

 

 ただ、一応注意しておきたいのは、これらの「伝承」についての記述(客観的な「こういう伝説がありました」という記述)については素直に読んでおいて問題はないのですけれども、間間に挟まれる鳥居龍蔵さんの「推測」「意見」の部分は、正直あまり真に受けずにスルーした方がいいです

 

 何故か?

 

 この論文が書かれたのは1919年。もう100年以上も昔なのです。北千島アイヌの伝承や神話、習俗の「調査結果」については、彼らが滅んでしまった現在においても不動の価値を有していますが、鳥居龍蔵氏の「考察」の部分については、100年もの月日が経ったことで明らかになった新事実も多いことから、現在の学説からはかけ離れた話なども当然多く含まれてしまいます

 

 というわけで古い文献を読む時は、読み方にはちゃんと注意しておきましょう。

 

 調査結果という「事実」を記した部分は不動の価値がありますが、それを受けた「考察」は昔の書籍だと割と問題だらけだったりするのです。これは鳥居龍蔵氏に限った話ではありません。昔の書籍を読む際の最低限の留意事項なのです。

附:北千島アイヌ=クリル人が北海道アイヌの「コロポックル」の伝説を聞いた時の反応

ところで、みなさんはコロポックルという言葉を聞いたことはありますか

 

 あるかどうかは人によりけりでしょうが、簡単に言うと、アイヌとエンチゥの間で伝わっている、竪穴住居に住んでた先住者の伝説のこと北海道アイヌの間では、自分たちが北海道に住む前は先住者としてコロポックルが住んでいた、ということになっていたのです

 

 で、このコロポックルさんですが、学術的には、現在、このコロポックルとは北千島アイヌのことをその他のアイヌ(北海道アイヌ、樺太アイヌ)が異端視して伝説化し、現代伝わるようなものとなった、と言われています。

 

 まぁそのあたりはなんやかんや言って何故かWikipediaさんがやたら詳しいので詳細は省きますが、ここで疑問に思うのは、「じゃあ北千島アイヌ自身はコロポックルの伝説のことをどう思ったか?」という点です。

 

 まぁこれに対する反応としては、予想されるのは以下2パターンでしょう。

 

 その一、「自分もその話聞いたことある~。」ってなる。同じアイヌなので伝承知ってれば共感するでしょう。

 

 その二、「はっ?なにその伝説知らんのやけど?なんや俺らのこと言ってんのか?馬鹿にしてんのかコラァ!」となる。伝説が自分たちを想起させる内容であった場合は、勝手に伝説上の小人扱いされたら普通にキレるでしょう

 

 というわけでその答えが載っている書籍を見つけましたので皆さんこぞってご覧ください

 

 書籍の名は、『鳥居竜蔵全集』第5巻(朝日新聞社,1976年)。先ほど教えた書籍と全く同じですね。その395頁デジタルコレクションのコマ番号だと「205/357」の「第十五章 蝦夷アイヌの小人」から始まる話の、同書397頁デジタルコレクションのコマ番号だと「206/357」にその答えが掲載されています。めんどくさければデジタルコレクションのコマ番号だと「206/357」に載ってると覚えればいいです。

 

 掲載場所は論文の途中からになっていてわかりにくいのでその始まりの文を以下引用します

 

 

 

 「古代の日本人はこの伝説を知らなかったのである。この点について、私は秘められていたささやかな物語をあえて述べておこう。」

 

 

 

 以上引用終わり。分かり辛いでしょうが、文中の「この伝説」というのがコロポックル伝説のことです

 

 で、この文以降に、鳥居龍蔵が調査の際に同伴してもらっていた北千島の古老グレゴリが、北海道アイヌの住む択捉島(いわゆる北方四島は北海道アイヌの住処です。ていうか多分北海道の一部という認識だったのでは?)でコロポックル伝説を語ってくれた北海道アイヌの老婆に対してどんな反応をしたのかが記されています。

 

 

 なかなか興味深い話なので、読んでみて損はないと思いますよ?

 

 

 なお、この古老グレゴリが語った言葉の中で、鳥居龍蔵氏自身が同書の神々の紹介のところで半神半人の巨人であり神ではないと位置づけていたはずの「コタンヌグル」が、北千島アイヌの古老グレゴリの言葉の引用文の中では「神」として語られている辺り、半神半人の「~クル」名の巨人も位置づけ的には神と見た方がいい気がする

 

 北海道アイヌの神話において、この「○○クル」に当たるものは普通に神を表す言葉にもなる。古老グレゴリの言葉から察するに、そこは北千島アイヌも同じだったのだろう。

終わりに

というわけでここではすでに日本においては滅んだ北千島アイヌという、

 

 アイヌの中でもかなり特殊な集団についての話をしてきました。

 

 まぁ何が特殊かと言われれば、日本よりもロシアとの接触が強かったり、伝統的な神話も他のアイヌに比べて神=カムイの数が
あまりにも少なすぎたり(八ツ柱って…。まぁ多分カムイと呼ばれていないだけで、クル名を持つ巨人二体も神として見られていたと思うが)、コロポックル伝説の有無だったりと、まぁ置かれた状況から伝承に至るまで随分と様相が違いますね。

 

 なお、日本でこそ「我こそは北千島アイヌの子孫なり」とアイデンティティを表明する方はいませんが、ロシア側では90名ちょいいるみたいですね。

 

 ロシアにおけてアイヌ民族を自称する方々というのは、概して樺太千島交換条約のおりに日本ではなくロシア側を選んだ人達の子孫ということなのでしょう。

 

 宗教がロシア正教だったり、ロシア語を話せたりと、当時の北千島アイヌ=クリル人にとっては、日本よりもロシアの方が馴染み深かったのでしょう。

 

 ともあれ、今回はすでに神話テキスト等の形では言語資料の存在しない北千島アイヌ=クリル人の神話や言い伝え、およびコロポックル伝説への反応についての紹介をしていきました

 

 なお、北千島アイヌの神話に関する学術的な資料は、現状ではこれしかありません。よって皮肉極まる話ですが、この本を読めば北千島アイヌに関する神話は網羅したことになります。

 

 北海道アイヌは収録された神話が多すぎてまるで整理が追いつかないという問題があるのに比べると、学習に割く労力ははるかに少ないですね。出典となる資料がほとんど遺されていないと、皮肉にも神話に異伝も糞もなくなるので「これが北千島アイヌの神話です」と一言で片づけることが可能となってしまうのです。

 

 ほとんど遺されていないからこそ、ただ一つの正当な神話たりうる、というのは、いやはや皮肉が過ぎる話ですねぇ…。

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