秋田方言・秋田弁発音講座第8課:長音・促音・撥音
みなさん、こんにちは。齶田浦です。
今回は、秋田弁の長音「ー」、促音「っ」、撥音「ん」について解説していきますよ。
なお、今回勉強する長音・促音・撥音に関する解説は、『秋田方言』に明示されているものではありません。
『秋田方言』では、せいぜいその現象を例示する程度ですが、一応秋田方言の特徴の重要な特徴の一つではありますので、実際の秋田弁の実情と照らし合わせながら私の方で勝手に補足いたしました。悪しからず。
1.長音、促音、撥音とは?
a.長音とは?
まずは用語解説ですね。
長音とはなにか?読んで字の如し、長い音のことです。たとえば、標準語なら、「ああいう」の「ああ」、「いい加減」の「いい」、「うーうーうなる」の「うー」、「栄養[えいよう]」の「えい」、「おーい、大丈夫?」の「おー」などですね。
標準語の場合、長音の正式な表記は、原則「ア段+あ」「イ段+い」「ウ段+う」「え段+い」「オ段+う」で表しますが、会話などを書く場合には「あー」「いー」「うー」「えー」「おー」みたく「ー」で長音を表現することもありますね。
まぁともかく、長音というのは、こういう音というのを理解していただければ幸いです。当サイトの秋田弁の表記では、長音は「ー」で表しています。
これは主に『秋田方言』自体がそう表しているから単純に従ったという程度で深い意味はありません。まぁ「ー」なら直感的にも分かり易いし、変える理由がそもそもありません。
b.促音とは?
次は促音の説明ですね。
これは標準語の「っ」で書き表される音のことです。…なぜ促す音なのか、といわれればよく分かりませんが。まぁとにかく促音と言えば「っ」と覚えれば問題ないです。
補足:促音の詳細
ちなみに促音は、表記こそ「っ」ですが、実は後ろの音節に応じて音が異なっています。
例えば、ハッカー[hakkaa]」の「ッ」の発音は、「ㇰ[k]」というカ行音を言い放つ直前の音(言い放つ前なので、実際にはまだ音になっていない段階)ですし、「イエッサー[iessaa]」の「っ」の発音も、「ㇲ[s]」というサ行音を言い放つ直前の息だけの音(サ行の場合は息の音が洩れるので音が出る)。
同様に、カッター[kattaa]」の「ッ」は「ッ[t]」というタ行音を言い放つ直前の音(直前なので音は出ない)、「葉っぱ[happa]」の「っ」は「ㇷ゚[p]」というパ行音を言い放つ直前の音(同じく音が出ない)です。
中国音韻学的に言えば、「入声」というやつなのですが、まぁそこまでは覚えなくていいです。
促音に関して大事なのは2つだけ。1つ、促音は標準語の「っ」の音のこと。2つ、促音「っ」は、直後の子音を言い放つ直前の音であるということ。
2つ目はまぁ、ローマ字で秋田方言を書き表したいということがないかぎりは別に気にしなくてもいいですが、まぁ一応覚えておいてください。
アッパーなら「ッ」はパ行の直前だから入声「ㇷ゚[p]」、カッターなら「ッ」はタ行の直前だから入声「ッ[t]」といった感じです。ならベッドは?ドの直前だから入声[d]ですね。
c.撥音とは?
撥音とは、読んで字の如し、撥[は]ねる音です。
…って言っても意味不明ですね。言い直します。標準語の「ん」でもって表される音のことです。
撥音=「ん」と覚えればとりあえず問題ないですよ。
補足:撥音の詳細
ちなみに標準語の撥音も、促音と同じように、直後の子音がなんであるかによって音が密かに違っています。
大まかに申しますと、マ行・パ行・バ行の前では「ㇺ[m]」の音になり、カ行・ガ行・カ゚行の前では「[ŋ]」の音になり、語末では「[N]」になり、母音の前では鼻母音「あンいンうンえンおン」になり、それ以外では概ね「[n]」の音になります。
この辺の話は当サイトでやるより、色々なサイトでより詳しく扱ってくれているようなので、そちらをご覧になった方がよいかと思います。
標準語の「ん」の発音について解説してくれているサイト色々
①:http://yossense.com/sound-japanese-n/
②:http://note.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/n42557
③:http://ameblo.jp/nirenoya/entry-10433865135.html
特に、①のサイトの開設は図付きなのでかなり分かり易いですね。③は概説的なもの、③は日常の日本語を題材にした読みやすい解説です。
2.秋田方言の長音
さて、前置きはここまでにして、さっそく本題に入りましょうか。
ズバリ、秋田弁の長音について。
秋田方言の長音は、基本的に標準語となんら変わりはありません。
注意したい点は2つだけです。以下、その2点について説明しましょう。
①長音の長さ
まずは単純なのから。東北弁を聞いたことがある人ならだいたい分かることかと思いますが、特徴的なので説明します。
秋田方言の長音というのは、しばしば短く言って、長音じゃなくなります。
例:親不幸[おやふこう]→おやふこー→おやふこ 今日[きょう]→きょー→きょ 包丁[ほうちょう]→ほーぢょー→ほーぢょ・ほぢょ 徴兵[ちょうへい]→ちょーへー→ちょーへ 等々
因みにこの現象、長音だったらなんでも短くしていいというわけではないので要注意。基本的には長音ならなんでも短く言ってもいいのですが、「ほーちょー」「ちょーへー」のように、長母音が複数ある語に関しては、ルールがあるのです。
すなわち、「語末の長音を長く言う時は、その単語内の長音はすべて長く言わなければならない」というもの。
たとえば「包丁」「徴兵」の例なら、最後を「ー」と伸ばしたいなら「ほーぢょー」「ちょーへー」と前にある「ほー[包]」「ちょー[徴]」は短くは言えないということですね。「ほぢょー」「ちょへー」とはまず言いません。
逆に、語末を短く言った場合はどうなるかというと、その場合は特に制限はありません。「ほーぢょ」「ほぢょ」と例にあるように、語末の長音を短く言った場合には、語中の長音を短く言っても長く言っても問題ないんですよ。
まっ、この辺のことは、今回の課の最後の方でより詳しく取り上げますので、ここは流し読みしていてもまったく問題ありません。
②鼻母音の長音
お次は鼻母音に関するもの。
秋田弁には、鼻母音というものがありましたね。そう、「あンいンうンえンえぁンおン」で表せるあの鼻から抜ける方の母音です。
これらの鼻母音は、長音となった場合、しばしば「あんいんうんえぁんおん」というように、ほとんど撥音「ん」のように発音されることがあります(必ずではない。)。
例:オーバー(コートの一種)→おーンばー→おんば ちょうど→ちょーンど→ちょんど 坊主[ぼうず]→ぼーンず→ぼんず 大事→おーンこ゚ど→おんこ゚ど 等々
3.秋田方言の促音
さて、長音のお次は促音です。
秋田弁の促音は、これまた基本的に標準語と全く同じです。
相違点はただ1つ。すなわち、「秋田弁の促音「っ」は短く発音してもよい」という点ですね。
例:ほっぺた→ほっぺだ→ほぺだ かっちゃく→かっちゃぐ→かちゃぐ
ご覧の通り、「っ」が脱落していますね。これは発音説明のための便宜上の表記なのですが、実際には「っ」が脱落した、というわけではありません。かすかに「っ」のような音の止まった時間、詰まった感覚があります。
但し、すごい短い。それこそ、「っ」が脱落したかのような短さです。
短くなった場合、「っ」が音節数として数えられなくなります。『秋田方言』では、この手の現象は「っ」の脱落として捉えているようでしたが、音節がなくなるという点であながち間違いとも言えない捉え方です。
4.秋田方言の撥音
さてさて、最後は秋田弁の撥音「ん」のお話ですね。
秋田方言の撥音は、これも基本的に標準語と全く同じ。
違いは2点だけです。以下、それについて説明していきましょう。
①撥音「ん」の脱落
秋田方言では、「『ん』を脱落させて、代わりに前の音を鼻母音に読む」ということがしばしば行われます。
例:ごめん→ごめン えんだ→えンだ 縁側[えんか゚わ]→えンか゚わ ぎんなん→ぎんなン せんだって→せンだて
まぁ本当は単に、長音や促音のように「ん」を短く言っただけな気もしますが、表記の統一性と『秋田方言』の考え方を尊重して当サイトではこの解釈でいきたいと思います。
どうせ発音の差はほぼありませんし。
②撥音の添加
秋田方言では、時に鼻母音の後ろに撥音「ん」が添加されることがあります。これは単語レベルの問題なので、まぁそんなこともあるのかと、軽く記憶に留めておく程度でよいかと思います。
例:誰ンもいンねぁ→誰んーもいンねぁ まンまンで持ってる→まんーまンで持ってる 行ぐたンびンに見る→行ぐたんびンに見る これンでいンなンだ→これんでいンなんだ
「も」が強調されると「んも」、「まンまンで」が強調されると「まんまンで」、「たンびンに」が強調されると「たんびに」。
あとは強調というわけでもないのですが、助詞「ンで」「ンどンも」が「んで」「んどンも」になったり、助動詞「ンだ」「なンだ」が「んだ」「なんだ」になったりすることがあります。これらは強調ではなく、単に鼻母音をゆっくりと発音した結果なのでしょう。
これらは規則ではなく、たまに見られる単語レベルでの現象に過ぎませんので、別に覚えなくていいです。
5.長音・促音・撥音すべてに絡む問題
以上にて、長音・促音・撥音それぞれについての、個別の説明は終わりです。
最後に、長音・促音・撥音すべてに絡む問題についてお話したいと思います。
①長音・促音・撥音の音の分量
先に述べました通り、秋田方言においては、長音「ー」も促音「っ」も短く発音されることがあります。そして撥音「ん」も、前の音を鼻母音化させることで自らを脱落させることがありました。
これすなわち、長音も促音も撥音も、本来なら1音節取ることができるものの、短く言う場合或いは脱落する場合には0音節になることもできるということなのです。
…ってまぁ、この辺は個別のところでも説明しましたし、ただの復習・まとめになりますね。次行きましょうか、次。
②長音「ー」・促音「っ」・撥音「ん」が2つ以上あるときの音の分量
先に述べました通り、秋田方言におきましては、長音「ー」・促音「っ」・撥音「ん」は自由に1音節を取ったり0音節を取ったりすることができます。
ただ、その音の伸び縮みというのは、まったく制限がないというわけではないので注意が必要となります。
どういうことかと申しますと、例えば、「金平糖[こんぺいとう]」という言葉について考えてみましょうか。
長音が自由で撥音も伸縮自由。これがその通りならば、秋田弁では、金平糖の発音は以下7通りあることになります。
a.一つだけ短くなる場合
①こンぺーとー
②こんぺとー
③こんぺーと
b.二つ短くなる場合
①こンぺとー
②こンぺーと
③こんぺと
c.三つ短くなる場合
①こンぺと
d.3つ長くなる場合
①こんぺーとー
(なお、金平糖は、こんぺー-とーの複合語なので、「とー」の部分は普通濁らない。)
ところが実際の秋田方言では、aの③とcの①とdの①くらいしか言われません。つまり、音の分量にもなんらかの制限があるということになります。
結論:秋田方言の長音・促音・撥音には、以下のような規則がある。
原則:「ー」「っ」「ん」の音の長さは、単語毎に統一させる。
例外:但し、語末の長音「ー」「ん」だけは、いかなる条件下でも短くできる。
いきなり結論を書きましたが、まぁ規則は上の通りです。
また金平糖を例に考えてみましょうか。音の分量の原則は、単語内のすべての長音・促音・撥音の音の長さをそろえること。なので三つとも短く言うcの①「こンぺと」とdの①「こんぺーとー」が正しいのはわかりますね?
で、次に目を通すのが例外規則。単語内のすべての「ー」「っ」「ん」の長さはそろえなければならない。けれども語末の「ー」「ん」だけは短く発音してもよい、というものですね。
今、改めてさきほど秋田方言でも発音されうるとした金平糖を見返してみましょう。「こんぺーとー」「こンぺと」そしてaの③の「こんぺーと」の三つでした。
…さぁ、どうですか?気づきましたか?そう、最後の「こんぺーと」。これは「こんぺーとー」とあるべきなのに、最後の長音「ー」だけを短く言ったものですね?
そう、これは今しがたみた例外規則「けれども語末の「ー」「ん」だけは短く発音してもよい」というものに他なりません。金平糖の例の場合は、語末は「ー」ですけどね。
因みに長音のところで扱った「包丁」が「ほーぢょ」「ほぢょ」になる例も、この例外規則が関係しています。秋田弁的に、包丁は、長く言えば「ほーぢょー」、短く言えば「ほぢょ」ですが、語末の長音だけは短く言っていいという規則により「ほーぢょ」という語形も許される、ということなのですよ。
おまけ:音の長短の練習
ややこしいので練習しますか。
問題:長音・促音・撥音の音の長短の規則に会わせて、次の単語の、許される語形すべてを列挙してみましょう。
(1)銀杏[ぎんなん]
(2)新聞[しんぶん]
(3)法蓮草[ほうれんそう]
(4)全農連[ぜんのうれん]
参考:音の分量規則
原則:「ー」「っ」「ん」の音の長さは、単語毎に統一させる。
例外:但し、語末の長音「ー」「ん」だけは、いかなる条件下でも短くできる。
…問題は解けましたでしょうか。
では解答です。解答は、以下の通りとなります。
解答:
(1)ぎんなん・ぎンなン・ぎんなン
(2)しんぶん・しンぶン・しんぶン
(3)ほーれんそー・ほれンそ・ほーれんそ
(4)ぜんのーれん・ぜンのれン・ぜんのーれン
おわりに
以上にて、今回の勉強もおしまいです。
いかがでしたでしょうか?大体把握できましたでしょうか。
因みに当サイトでは、音の長短に関しましては、よっぽど習慣的にそう言うのが根付いていると言うものでない限りは、長形(もっとも長い形)の語形で書き表すことにしております。
それは、長形を知っていれば、短形(もっとも短く言う形)も長短形(語末だけ短い形)も、話者の意志で自由に言い表すことができるからです。
あっ、長形、短形、長短形というのは、今私が便宜上適当に付けた用語であって、普遍的な文法用語ではないので悪しからず。
ともあれ、今回はこの辺で。へばなー。
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