第5課:秋田弁の省略表現色々
みなさん、こんばんは。齶田浦です。
前回までで、秋田弁の伸縮自在性の話は終わりました。
今回は最後に、秋田弁の「省略表現」について、川柳を通して軽く触れた上で、本講座を終わりにしたいと思います。
秋田弁の省略表現
これまで、この川柳で学ぶ伸縮自在の秋田弁では、秋田弁の持つ伸縮自在性についていろいろと解説してきました。
ですが、秋田弁は「ん」「っ」「ー」が長くなったり短くなったりする現象とは別に、省略表現というのも結構あるのです。
たとえば、「取らねぁ」を「取ねぁ」と言ったり、「行ぐって言った」を「行ぐった」と言ったりする現象は、秋田弁では日常茶飯事です。
こういった豊富な省略表現も川柳や短歌のような韻文に組み込めれば、表現の幅は更に増えるのではないでしょうか?
というわけで今回は、そういった省略表現も盛り込んだ秋田弁川柳を読んでみて、秋田弁のリズムの自由さを味わってもらって、本講座の締めとさせていただこうと思います。
そんなわけで、今回はなにを覚えろということもありません。単に省略表現を利用した川柳読んで秋田弁を味わっておしまいです。一応訳や語釈はつけておきますが、ご利用が各自の判断でご自由にどうぞ。
今日の川柳
ではまずは、今日の川柳から行きましょう。
第一句
ゆぎふねば
んたたたわらしも
あどおどな
第二句
とにばとる
ぼーふもおいね
はまべなて
第三句
むげゃねさも
いがだがさがし
ねごだごど
いかがでしたか?「ん」「っ」「ー」の省略だけでも分かりにくいのに、今回の川柳では省略表現もふんだんに使用しておりますので、慣れてないとほとんど暗号に見えるかもしれませねん。
ともあれ、解説していきましょう。
第一句解説
第一句は以下のようなものでした。
ゆぎふねば
んたたたわらしも
あどおどな
第一句は、当サイト表記の漢字仮名交じり文に直してこなれた訳を付けるとこうなります。
雪降ねぁば(雪が降らなければ)
んたったった童[わらし]も(嫌だと言っていた子供も)
あど大人(もう大人になってしまったなぁ)
語釈も付けますと、以下のようになります。
語釈:
①降ねぁ…降らねぁ、の省略形。「~-らねぁ」は、しばしば「~-ねぁ」のように「ら」を省く。おそらくは「~らねぁ」→「~んねぁ」→「~ねぁ」のような変遷を辿ったのだろう。
例1:山菜採らねぁ?→山菜採ねぁ?
例2:薬売らねぁなが?→薬売ねぁなが?
②んた…嫌だ、の意。形容詞。
例1:んたば食うな。
訳:いやなら食うな
例2:そーゆーな俺[お]らんた。
訳:そういうのはわたしは嫌だ。
③っ…「って言っ」の省略表現。
例1:俺も行ぐって言ったべ?→俺も行ぐったべ?
例2:「んた」って言ったっけ、あれ「んだが。せば食うな。」って言って怒って出てった。
→「んた」ったっけ、あれ「んだが。せば食うな。」って怒って出てった。
④「たった」…「てあった」の省略表現。秋田では、人により地方により、過去「~ていた」は、「てあった」「てぁった」「たった」などを使用する。
例1:泣であった→→泣でぁった/泣だった
例2:笑ってあった→笑ってぁった/笑ったった
⑤わらし…子供、の意を表す秋田弁。
例1:わらしがだこえんたな欲しか゚らねぁべ?
訳:子供たちはこういったのは欲しがらないだろう?
例2:わらしどご見ねぁぐなったな。
訳:子供を見なくなったねぇ。
第二句解説
第二句は、以下のようなものでしたね。
とにばとる
ぼーふもおいね
はまべなて
当サイト表記に直してこなれた訳を付けるとこうなります。
採にば採る(採ることができれば採っている)
防風も生いねぁ(そんな防風も生えない)
浜辺なって(浜辺になってしまって…)
語釈:
①採にば…採るにいば、の略。秋田弁では、「-るに」の「る」は普通省略される。
例1:勉強するに図書館さ行ぐ→勉強すに図書館さ行ぐ
例2:勉強するにいどごンで勉強せ。→勉強すにいどごンで勉強せ。
補:更に酷いことに、「-にい」が一音化して「に」「ね」などと発音されることもある。
例1:行ぐにいば行ぐ→行ぐにば行ぐ
例2:遊ぶに行ぐ→遊ぶねぐ
むろん、上記二つの省略現象が重なることもある。
例1:めぁ晩け゚寝るにい?→めぁ晩け゚寝ね?
例2:山菜採るに行がねぁばなねぁ。→山菜採にがねぁばなねぁ。
②防風…山菜の一種。浜辺などに生えている。
③生[お]いる…生[は]える、の意の秋田弁。
例1:そろそろきのご生いでだべが?
訳:そろそろきのこが生えているだろうか?
例2:防風生いでだら採って来てけれ。
訳:防風が生えていたら採って来てくれ。
④浜辺なって…「浜辺になって」の意。秋田弁では、なぜか「~になる」と言う時、「に」を省略するのが普通。
例1:勉強になるな。→勉強なるな。
例2:よぐ遊ぶえになった。→よぐ遊ぶえなった。
なお、語釈や訳をつけてもこの句は理解し辛いと思いますので一つ解説。
秋田県では、風が強いという地域的な特徴を生かして、風力発電に力を入れていまして、それで現在では、港や浜辺の方に多数の風車が建てられたわけなのですが、その影響で「防風」の生息域が破壊されたりもしているわけですね。
で、うちの父などがしょっちゅう溜息をつくわけですよ、「風車かってボーフ採らえねぁぐなった。腹悪りなー。」という風に。
まぁそんな心情を私なりに想像して川柳にしたのが今回の句と思っていただければ、理解もできるかと思います。
第三句解説
第三句は、こんなものでしたね。
むげゃねさも
いがだがさがし
ねごだごど
これを当サイト表記に直して訳をつけて語釈もつけるとこうなります。
向げぁ家さも(向かいの家にも)
行ぐぁんだが賢し(行くのか賢い)
猫ンだごど(猫だなぁ)
語釈:
①向げぁ…「向がい」の省略形。秋田弁では、語末の母音が「-あい」「-あえ」で終わるような語句は、人にも地方にもよるが、しばしば「-えぁ」という一音に変えられる。
例1:勿体[もったい]ねぁごど→勿体[もって]ぁねぁごど
例2:この前[まえ]ん前ぁそー言ったねぁが→この前[め]ぁん前ぁそー言ったねぁが
例3:迎[むが]えに行ぐ→迎[むげ]ぁに行ぐ
②家[ね]…「の家[え]」の省略形。おそらくは「のえ」→「んえ」→「ね」という変遷を辿ったのだろう。
例1:人の家のごどさ口出しするものンでねぁ。
→人家[ひとね]のごどさ口出しするものンでねぁ。
例2:あっこの家の人がだ変わってるな。
→あっこ家[ね]の人がだ変わってるな。
③いぐぁんだが…「いぐあんだが」の省略形。「~のだ」を意味する秋田弁「~あんだ」の「あ」は、しばしば直前の音(特に動詞)とくっついて一音化する。
例1:行・ぐ・あ・ん・だ(5音)
→行・ぐぁ・ん・だ(4音)
例2:降・る・あ・ん・だ(5音)
→降・るぁ・ん・だ(4音)
なお、実は当サイト表記では、一音化する場合でも「あんだ」は「あんだ」のままにするのが原則。今回は川柳という韻文だったので、前の音とくっつくことを明示するために「ぁんだ」という表記を用いたに過ぎない。
④さがし[賢し]…かしこい。古典語の「さかしい」に由来すると思われる言葉。
例1:賢し烏ンだごど。
訳:賢いカラスだなぁ。
例2:めぁンだば賢しがら合格するべ。
訳:お前は賢いから合格するだろう。
⑤ごど…(感嘆)なぁ。こと。
例1:いー天気ンだごど。
訳:いい天気だなぁ。
例2:あいーおっかねぁごど。
訳:あらぁ怖いわねぇ。
終わりに
以上で、第一句から第三句までの解説も終了。そして本課も終了。
そしてついに、本講座「川柳で学ぶ伸縮自在の秋田弁」もこれにて終了となります。みなさん、お疲れ様でした。
まぁ本講座は、つまるところ「秋田弁では『ん』『っ』『ー』は短く発音されることもあるんだぜー」「秋田弁って省略表現色々あんだぜー」ってことを言ってただけなのですが、これだけの事実であったとしても、知っているのと知らないのとでは雲泥の差があるものなのです、主に実際の秋田弁会話の聞き取りに際しては。
ことに実際の会話で厄介なのは、すべての「ん」「っ」「ー」を短く言うケースに遭遇した時、そして「って言っ」が「っ」に短縮されまくるケースに遭遇した時です。一見単純な違いに思えるかもしれませんが、これだけで話す速度がかなり上がり、話についていくのが大変になるのです。
当サイトでは、文法知識的なものに関しては会話で学ぶ秋田弁や置換で学ぶ秋田弁で一通り勉強できるようにはしていますが、こういうリズムの話は文法とは関わらないだけに、これまでしてきませんでした。本講座でその不足を補うことができていれば、私としては幸いです。
なお、本課では特に求めませんでしたが、秋田弁の省略表現についてちゃんと勉強したいという人もいたかもしれませんね。
そういう人は、置換で学ぶ秋田弁の第74課から第80課あたりを参考にするとよいと思います。省略表現の多くはその辺りにまとめられていますので。
長話になってしまいましたが、ともあれこれにて本講座は終了です。この講座が終わったら、今度はまた先延ばしにしていた「標準語の単語を秋田弁風に訛らせる方法」、難しく言うと「秋田弁の語彙形成」について解説したいと考えています。
それではみなさん、またいつか。へばなー。
関連ページ
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