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コラム4:アイヌ語語源と言われがちな秋田弁~アイヌ語と東北方言の共通の言葉~

コラム4:アイヌ語語源と言われがちな秋田弁~アイヌ語と東北方言の共通の言葉~

 皆さん、お久しぶりです。齶田浦蝦夷です。

 

 今回は、俗説でアイヌ語語源の秋田弁・東北弁とされる方言について、紹介していきます。

 

 なお、解説を見ていれば気づくと思いますが、実際にはアイヌ語語源というより、むしろ東北方言からアイヌに輸入されたのでは?と思しきものがほとんどです。

 

 その理由については、一つ一つ紹介していく中で個別に解説したいと思いますので、とりあえず興味を持たれた方はご一読ください。

 

 

アイヌ語語源説その一:「けり」

 「けり」とは、伝統的な秋田弁で「くつ」を表す言葉です。

 

 使い方としては、例えば、長靴なら「なか゚けり[長けり]」、普通の短い靴なら「たんけり[短けり]」、ゴム靴なら「ゴムけり」、皮靴なら「かわけり[皮けり]」のように使っていたそうです。

 

 「…そうですってなんだよ。なんだか他人事だなぁ。」と思われた方はお鋭い。実はこの言葉、秋田弁としては今では完全なる死語です。

 

 20205月現在65歳前後の私の母が、「そういえば子供のころはそんな言葉使ってたなぁ」という程度には古い言葉ですが、現在では90歳超えの爺さん婆さんも靴のことは靴としか言いません(少なくても秋田市内では)

 

 そんな現在では見事に死語と化してしまった「けり」ですが、実はアイヌ語でも靴のことは「けり」と言います。

 

 たとえば「私のくつ」と言いたければ「クケリ」、「太郎のくつ」と言いたければ「タロウケリ」といった具合です。

 

 そんな「けり」ですが、これについて『語源探求 秋田方言辞典』(平成131215日、中山健編著、語源探求秋田方言辞典刊行委員会発行。以下単に『語源探求 秋田方言辞典』と省略して言います)p497では、アイヌ語語源説を採用しています。

 

 まぁおそらく日本の他の地域に、「くつ」を表す同じような語形の単語が見当たらなかったからでしょう。日本語由来の方言であれば、大なり小なり遠い地域でも同じ意味の似た言葉が見られるものですから。

 

 それがアイヌ語と東北(特に、アイヌ語語源の地名の存在が学術的に証明されている北東北三県)くらいにしか見られないものとなれば、アイヌ語語源説を推しても十分説得力があるものと思います。

 

 

アイヌ語語源説その二:「ちゃぺ」およびアイヌ語語源説その三:「べこ」

アイヌ語語源説その二:「ちゃぺ」

 

 「ちゃぺ」とは、『語源探求 秋田方言辞典』p941p942によると、猫を表す子供の言葉だそうです。現在ではさっぱり聞かない秋田弁なので、やはり死語ですね。

 

 さて、この「ちゃぺ」ですが、実はアイヌ語でも「猫」のことは「チャペ」「チャベ」と言います(地方にもよりますが)

 

 ではこの「ちゃぺ」はアイヌ語語源なのかというと、…残念ながらその説は少々冒険的です。

 

 どうしてか?

 

反論①:そもそも日本語で説明できる。

秋田弁死語「ちゃぺ」は、『語源探求 秋田方言辞典』によると、猫を呼び寄せる時に「ちゃーちゃー」と言ったそうです。また、「ちゃぺ」には他にも「ちゃこ」「ちゃちゃ」という語形もあったとのこと。

 

 日本語で語源が説明できるうえに、それに類似した別の語形も多数存在。わざわざアイヌ語説をとるのは強引な感じがしますね。

 

反論②:そもそもアイヌの伝統的な生活の中にイエネコはいなかったのでは?

 そもそも北海道で猫を飼う習慣が生まれたのがいつごろなのか定かではありません。北海道に野生のヤマネコなんていないですしね。

 

 野生動物として存在するわけでないなら、それは外国からもたらされたものでは?と思うのが自然だと思います。

 

 そしてアイヌの場合、その外国とは日本の可能性が濃厚でしょう。因みに日本のイエネコは中国からもたらされたと言われていますね。

 

 以上の反論を持ちまして、「ちゃぺ」については、私はアイヌ語→東北弁ではなく、東北弁→アイヌ語、という経路をたどって共通語彙になっただけだと考えます。

 

アイヌ語語源説その三:「べこ」

 「べこ」すなわち「べご」とは、秋田弁で「牛」を表す言葉です。

 

 これは死語ではなく、今でも使う人がいます。

 

 さて、この「べご」ですが、実はこれもアイヌ語由来説があります。

 

 というのも、アイヌ語で「牛」のことを「ペコ」というからです。

 

 では秋田弁の「べこ」「べご」はアイヌ語由来なのかというと、やはり「ちゃぺ」の例と同様にあまり説得力のある話ではありません。

 

反論①:日本語で語源が説明できる。

 『語源探求 秋田方言辞典』p1422p1424では、牛の鳴き声「べー」に基づいたものとしています。鳴き声「べー」+「こ」というわけです。

 

 「ちゃべ」も似たようなものでしたね。こちらは猫の鳴き声ではなく、呼びよせる時の声に基づいたものとされていますが。

 

反論②:そもそも北海道にいつから牛がいたかっていう話

 そもそも北海道島に牛は本来生息していなかったはずです。カムイユカㇻにもうたわれませんし。

 

 存在しなかったものにアイヌが自発的にアイヌ語を作り、牛の存在していた東北地方へアイヌ語の「ペコ」が進出したと考えるよりなら、たんに生息していなかったから外来の東北弁からそのまま借用したと考えた方が合理的かと思います。

 

 というわけで「べご」もアイヌ語説ではなく、むしろ東北からアイヌへもたらされた言葉と私は考えます。

 

 

アイヌ語語源説その四:「まきり」

 アイヌの伝統的な工芸品()として、もはや有名になったアイヌ語の「マキリ」。

 実は秋田弁でも、昔は小刀状の刃物を指して「まぎり」と言っていました。今でこそ死語ですが、「けり」同様、私の母が子供のころは使われていたそうです。

 さて、それではこの秋田弁の「まぎり」、アイヌ語由来の言葉なのでしょうか?

 これに対する答えも、おそらく「NO」です。まぁ理由もほぼ「チャペ」「ペコ」と同じですが解説します。

反論①:日本語で語源が普通に説明できる。

 古い日本語に、爪を切るための小刀状のものを「つまきり」(要は爪切り。昔の爪切りは今のと違って小刀状のものだった。)という言葉がありました。

 くだんの『語源探求 秋田方言辞典』p1512では、秋田弁の「まぎり」はこの「つまきり」の訛ったものという説を推しています。

 また、江戸時代に秋田を旅した菅江真澄の紀行文『齶田濃刈寝』(あきたのかりね)の天明4年9月29日の記載で、アイヌは秋田で「まきり」というものを「エヒラ」と言った旨が書かれているため、『語源探求 秋田方言辞典』としては、本来のアイヌ語では小刀は「エヒラ」だったとみなしているようです。

 もっとも、今のところ私はアイヌ語で小刀を「エヒラ」といったということを書いてある語彙集・辞書類は見つけられていません。かといって北海道へも旅をしてアイヌとも交流していた菅江真澄が間違ったとも考えにくい。相当古い言葉なんですかね、「エヒラ」。

2024.3.10追記:菅江真澄の記したアイヌ語の「エヒラ」について、他サイトで詳細に説明してあるのを見つけましたのでサイトリンク張っときます。「国立アイヌ民族博物館」の「アイヌと自然デジタル図鑑」というサイトの、「アイヌ語辞典」、日本語名「アオダモ」の項

の「参考2」の説明文に詳しい説明が載っています。まぁ一言で言えば、北海道オホーツク海沿岸地域では、昭和初期の頃のアイヌの古老が子供の頃には「エピラ」というアイヌ語を以て今の「マキリ」に当たる言葉を言い表していたと記憶していた、ということのようです。イネクスウン クヌカㇻ カ クヌ カ エラミㇱカリ。[通りで見たことも聞いたこともなかったわけだ。]

 

参考:菅江真澄の紀行文『齶田濃刈寝』の原文

古い書物だけあって、著作権切れで国立国会図書館のデジタルコレクションで原文が見れたので参考までにご紹介します。

秋田叢書. 別集 第4 (菅江真澄集第4)(秋田叢書刊行会, 1932)コマ番号29の3~4列目

原文:行かふ人の、アツシといふ蝦夷の嶋人の木の膜におりて、ぬひものしたるみしかき衣をきて、ちいさきゑそかたなまきりといふ小刀なり、蝦夷人是をエヒラといふこしにかけ、火うち袋そへたり。

 現在の秋田県を旅していた時の文章とされています。まぁタイトルが「秋田のかりね」ですしね。赤字部分は「ちいさきゑそかたな」(小さい蝦夷刀)の註釈で、「まきりという小刀である、アイヌはこれをエヒラという」という意味です。

 これを参考に言うのであれば、当時の秋田の人はアイヌがエヒラと呼んでいた小刀を「まきり」と呼んでいた、と解釈できますね。

反論②:そもそもマキリを作ってたのは和人

 学校の教科書なんかで、マキリの粗悪品を作った和人と粗悪品に怒ったアイヌの揉め事から端を発して、最終的にシャクシャインの乱が起きたことを習った人がいるかと思いますが、そもそもこの「マキリ」自体和人が作っていたもの。

 アイヌ的な意匠や装飾自体はアイヌ独自のものでしょうが、刃物自体は和人がアイヌ向けに作った特注品的なもののはず(アイヌに製鉄技術がなかったため)なので、やはり外来語がそのまま使われるようになったと考えてよいのではないでしょうか。

 というわけで、「まきり」(方言だと「まぎり」に訛る)について私は、アイヌ語語源説に否定的です。普通に「つまきり」の「つ」がなくなったという日本語起源説でいいでしょう。

アイヌ語語源説その五:「またぎ」

 アイヌ語で、またぎのことを「マタンキ」と言います。

 

 そこから「またぎ」はアイヌ語だという説を推す人がいますが、これも正直怪しいです。

 

 くだんの『語源探求 秋田方言辞典』p1527p1528では、日本語の狩人を表す言葉「やまだち」→「まだぢ」→「まだぎ」と変化したものとみなしているようです。

 

 普通に日本語で説明できていますし、やはりこれもわざわざアイヌ語由来説をとるのは説得力に欠けると思います。

 

 というか、「またぎ」が東北で「まだき゚」と呼ばれているのを聞いたから、アイヌがまたぎを「マタンキ」と呼んだだけでしょう。

 

アイヌ語語源説その六:「もんぺ」

 秋田では古く股引のことを「もんぺ」といっていたようですが、実はこれもアイヌ語説があります。

 

 というのも、アイヌ語でも同じく股引のことは「オモンペ」と呼び、音がよく似てるからです。

 

 これに対して『語源探求 秋田方言辞典』p1664p1665では、「ももはき」→「ももひき」→「もっぴー」→「もっぺ」→「もんぺ」と変化したのではないかという説を推しています。

 

 これについては、私としては流石に言葉の変化が激しすぎじゃないかと日本語説に否定的です。

 

 「ももはき」からの幾重にもわたる語形変化の末に「もんぺ」となったと考えるよりなら、近場のアイヌ語「オモンペ」の「オ」が抜け落ちて「おもんぺ」→「もんぺ」と変化したとした方がまだ説得力がある気がします。

 

そしてアイヌ語の「オモンペ」は、普通にアイヌ語で語源も説明できます。すなわち、「オㇺ[もも]-ウン[に在る]-[もの]」→訛って「オモンペ」という頗る単純明快な語源です。

 

そんなわけで珍しく「もんぺ」については、私はアイヌ語語源説派です。

 

アイヌ語語源説その七:「いたこ」

 魂を引き寄せる巫女さん的な霊能力者を秋田では「いたこ」と呼びますが(というかもはやそういう職業として標準語としても通じますね、もう。)、これもアイヌ語説があります。

 というのも、アイヌ語で「話す」という行為は「イタㇰ」という上、「~する人」という意味で「クㇽ」という言葉があるからです。

 つまり、日本語的に説明不能な「いたこ」という謎言葉、アイヌ語なら「イタックㇽ」(話す人)としてすんなり説明できるのです。

 一方でくだんの『語源探求 秋田方言辞典』p120p121では、相変わらずアイヌ語説に否定的です。むしろ、沖縄方言で同じような巫女さんを「ユタ」と呼ぶので、「ユタ(みこ)」+「っこ」で「ユタッコ」→「イタコ」という説を推しているようです。

 これについては、正直私もどっちの説がより説得力があるのか判断しかねております。

遠く離れた沖縄で巫女を指して「ユタ」と呼んでいて、本州の最北部周辺で「イタコ」と呼んでいるなら、かなり古い日本語に「イタ」とか「ユタ」とかいう依り代的な巫女を表す言葉があったかもしれないわけですが、いかんせん別に証拠があるわけではありません。しかも語例が沖縄と東北だけって、分布少なすぎて結論の出しようがありません。

 一方アイヌ語の「イタックㇽ」からの輸入としても、東北民にとってはアイヌ語の「ッ」や「ㇽ」はあっても聞き取れるものではなさそうな上、アイヌ語の「ウ」音と「オ」音は日本語話者には聞き取りが難しい。

 よって「イタックㇽ」は「イタク」「イタコ」のように聞こえていたことが想定されますので、一応の説得力はあるわけです。

 もっとも、現在のアイヌ語の観点で見れば、巫女のことは「トゥㇲクㇽ」と呼ぶのであって、「イタックㇽ」なんて言葉は造れこそすれ、実際には使いませんし、特定の職業の人を指す言葉でもないので、やはり説得力に欠けます。そもそも現在、アイヌ語の「イタㇰ」に巫術に関わる宗教的な意味合いはありません。イタコと安易に結びつけるべきではないでしょう

 

 その点で言えば、単なる仮定の上に成り立つ仮定にしかなり得ませんが、巫術に関わる沖縄の「ユタ」に近い言葉が昔の東北方言にもあって、そこに小接辞「っこ」がついて、「ゆた」→「ゆだ」→「いだ」→「っこ」が付いて「いだっこ」→「いだこ」と考えた方が自然と言えば自然かもしれません。秋田弁辺りだと「ゆぎ[雪」を「いぎ」に訛ったりとかザラですし。

 とはいえ、やはり古い時代の東北方言では巫術を行う女性を「ユタ」「イタ」と呼んでいた、という、何の証拠もない仮説が成り立った場合によってのみ成立する説ですので、学術的な証明は現状不可能と言わざるを得ません。

 故に、これについては、私は「もうどっちでもいんじゃない?」派です。だって、両方仮定の上でしかなりたたない説ですから。現状では考えても仕方がないのです。

アイヌ語語源説その八:「ばっけぁ」

 秋田県民なら言わずと知れた山菜「ばっけぁ」。標準語では「フキノトウ」と呼ばれる山菜です。

 

 例の『語源探求 秋田方言辞典』p1283p1285では、この「ばっけぁ」もアイヌ語ではなく、フキノトウの小頭花の白い姿を婆さんの白髪に見立てて「うばけや」と言い、それが「ばっけぁ」となったのだ思うという説を展開しています。

 

 が、私としては、これはさすがに推論の域を出ないのでムリがあるだろうと思いました。ほぼイメージだけで語源を語ってどうするし。そもそも「うばけや」なんて方言ないじゃろ。

 

他の語源についてはちゃんとした理由づけがあったのに「ばっけぁ」についてはいまいちこの辞典の説明は無理があると感じました。

 

 さて、この「ばっけぁ」ですが、これにもアイヌ語語源説があります。

 

 というのも、古いアイヌ語を残存させているとして有名な樺太のアイヌ語では、フキのことを「パㇵカイ」と呼ぶからです。「パㇵカイ」は、語源的には「パッカイ」すなわち「子を背負う」ことに由来するとされています。

 

 アイヌ語語源説にのっとれば、秋田弁の「ばっけぁ」は、単純に古いアイヌ語の「フキ」を表す言葉「パッカイ」が訛ったものと言えそうですね。「ぱ」が「ば」に濁って、「かい」は「けぁ」に訛っただけです。

 

 因みに、北海道のアイヌ語では、フキおよびフキノトウはともに「マカヨ」と言いますが、これも元は樺太アイヌ語の「パㇵカイ」と同じ語源「パッカイ(子供を背負う)」の変化といわれています。

 

 「マ」の音と「パ」「バ」の音は似てますからね。日本語でも、「さむい」を「さぶい」と言ったりするでしょう?それと同じ論理です。

 

 じゃあ「イ」が「ヨ」になるのはどうなのかというと、アイヌ語的には別におかしくありません。ある地方では「オッカイ」()を表す言葉が、他の地域では「オッカヨ」と言いますからね。

 

 だから「パッカイ」→「マカイ」→「マカヨ」という変化があっても別段無理な話ではないのです。

 

 というわけで「ばっけぁ」の語源について日本語説、アイヌ語説見てきましたが、この「ばっけぁ」に関しては私としては完全にアイヌ語説支持派です。

 

 本州の和人とあまり交流を持たなかったはずの樺太アイヌ語で「パㇵカイ」という言葉があり、語源も「パッカイ(子を背負う)」からとはっきりしている(子供をおんぶするという意味では「パッカイ」は北海道アイヌ語でも普通に使われる言葉です)

 

 おそらく北海道のアイヌがまだフキおよびフキノトウを指して「パッカイ」という言葉を使っていたころの言葉が東北に伝わって、「パッカイ」→「ばっかい」→「ばっけぁ」となったのでしょう。

 

…或いは、単に昔アイヌ語を使っていた時代の言葉がたまたま残っただけかもしれませんが。(北東北三県では、学術的にアイヌ語系の地名が多く存在することが実証されているので(主に~ナイとか~ベツとかいう地名。「ナイ」「ベツ」はどっちもアイヌ語で「川」「沢」を意味する。)、かつての青森、秋田、岩手の三県にアイヌ語系言語の話者がいたことはほぼ確実となっています。その人たちがいつの時代にいたのか、そしてその人たちがその後北海道に渡っていったのか、或いはそのまま北東北三県に留まって子孫を残したかは不明ですが)

 

 なお、樺太アイヌ語に関連して、「えぞ」という言葉に関するコラムも書いておきましたので、興味があったら読んでみてください。→こちらからそのページへ飛べます。

 

アイヌ語語源説その九:「はったぎ」

 さて、最後となりますが、昔は秋田弁で昆虫の「ばった」のことを「ハッタギ」と言っていたそうです(今は聞かない)

 

 これについてもアイヌ語語源説がありまして、アイヌ語では「バッタ」のことを「パッタキ」ということがあるのです。

 

 …言うことがあるのです。大事なことなので二回言いました。アイヌ語では他にも、単に「パッタ」と言ったり、或いは「キキㇼ(虫、の意)」というアイヌ語をくっつけて「パッタキキㇼ(バッタ虫)」と言ったりもします。

 

 アイヌ語での語源の説明は特にありません。…もうこの時点でなんとなくアイヌ語語源説に暗雲が立ち込めてますよね…。

 

 さて、この問題の「はったぎ」ですが、くだんの『語源探求 秋田方言辞典』p1288p1289では、「はたはた」+「ぐ」=「はたぐ」という動詞が名詞化して「はたぎ」→「はったぎ」になったのだろうという説を推しています。

 

 根拠として、こおろぎの語源も、「こおろこおろ」(擬音?)+「ぐ」=「こおろぐ」→名詞化して「こおろぎ」になったとされるからとしています(ほんとかよ)

 

 まぁ「はたぐ」とか「こおろぐ」という言葉の有無自体正直わかりませんのでなんとも言えないのですが、日本最古の辞書『倭名類聚抄』にバッタのことを「波太波太(はたはた)」と載っているそうなので、どのみち「はったぎ」は古語「はたはた」からの変化と考えて差し支えないと思います。

 

 というわけで「はったぎ」については、私は日本語語源派です。とりあえず「はたはた」からの変化ってことでいんでない?って感じですね。

 

アイヌ語の場合、日本語の「バッタ」「ハッタギ」をそのまま取り入れた感強いですし、「パッタキキㇼ」とかもう完全に日本語の「バッタ」にアイヌ語の「キキㇼ」くっつけただけの呼び名ですよね?

 

 ちなみにアイヌ語でこおろぎは「クンネパッタ」と言います。「黒いバッタ」という意味です。まんまですね。

 

アイヌ語語源説の秋田弁についての結論

 以上、アイヌ語語源説が存在する秋田弁「けり」「ちゃぺ」「べご」「まぎり」「まだき゚」「もんぺ」「いだご」「ばっけぁ」「はったぎ」の計9つについて、『語源探求 秋田方言辞典』を参考に見ていきましたが、いかがでしたでしょうか。

 私的には結局「けり」「もんぺ」「ばっけぁ」の三つくらいしかアイヌ語語源説は推せそうにないと踏んでいますが、まぁ人によって賛否両論でしょう。

 でもまぁ、巷でよく言われるほど、秋田方言を含む東北方言はアイヌ語的な言葉は多くありません。疑わしいとされる程度の言葉ですら今あげた9つ程度のものです。

 そして俗によくアイヌ語から来た言葉とされる「チャペ」「ペコ」「マキリ」なんかはむしろ東北からアイヌ語へ取り入れられた可能性が高いというのが実態です。

 アイヌ語語源説は、いろいろロマンがあって食いつきたくなる気持ち自体はたいへんよく分かりますが、「アイヌ語が語源だ!」とある程度の説得力をもって語るには、以下の条件を満たすことが必要なのではないかと私は思います。

①その言葉がアイヌおよび東北地方でのみ使用されていること(学術的に本州でアイヌ語系の言語が使用されていたことを証明できるのは、アイヌ語系地名が残る北東北三県だけだから。)

②その言葉によく似た方言が東北から遠く離れた地域に広く存在していないこと(もし同じ意味の似た言葉が存在するなら、なんらかの古い日本語が日本各地に散らばった後おのおのの形へと変化したものとして合理的に説明できてしまうから。)

③その言葉が示すものが、アイヌの伝統的な生活の中で古くから存在していたこと(日本語でインターネットやパソコン(パーソナルコンピュータの略)等が和語とならずに取り入れられたのは、インターネットやパソコンに相当する言葉が存在しなかったからである。伝統的な生活の中には存在せず、かつ外の世界から新たに取り入れられた概念や物というのは、外来語のまま使われるのが自然なのだ)

 まぁもっとも、アイヌ語が語源かどうかは別にしても、アイヌ語の中に秋田弁に見られるような語彙を見つけたりするとそれはそれで楽しいものです。

 なんだかんだいって東北と北海道が古くから繋がりがあったことが、こういったアイヌ語語源説などからも実感できるのではないでしょうか。

 なにせよく似た言葉が東北民とアイヌ、両方で共通して使っているわけですからね。どっちが語源かは別にしても、それはそれで素敵なことだと思いませんか?

 以上をもちまして、本コラム「アイヌ語語源説の秋田弁~アイヌ語と東北方言の共通語~」を終了したいと思います。

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