第78課:音韻変化⑦:格助詞「の」の省略
みなさん、こんばんは。
今回は、格助詞「の」の省略について学びますよ。
1.「人代名詞+の+家」
「俺の家」「ん前ぁの家」等「人代名詞+の+家」は普通以下の如く言う。
自称:俺/俺らの家→俺家[おれえ]/俺ら家[おらえ]
対称:あンだの家・ん前ぁの家・前ぁの家・お前ぁの家→あンだ家[え]
注意:「ん前ぁ家」「めぁ家」「お前ぁ家」とは言わない。
説明:「俺(がだ)の家」「俺ら(がだ)の家」「あンだ(がだ)の家」「ん前ぁ(がだ)の家」「お前ぁ(がだ)の家」「めぁ(がだ)の家」という表現もあるが、稀である。特に複数を表す「がだ」を使うことはまずない。自称・対称は上記の表現が普通と覚えよう。なお、他称・一般名詞には、標準語同様、特に決まった表現はない。「あれの家」「あっこの家」「人の家」など、好きに作る。
練習問題1:次の()内の秋田弁を、1のルールに従って書き換えてみよう。
(1)(俺の家)ンでそんだあじいねぁや?(2)(俺らの家)の爺さん病気なってしまったえんだ。(3)(ん前ぁの家)大っきなー。(4)(あンだの家)ンで子供いだすか?
2.「名詞[人代名詞以外]+の+家」→「名詞+ね」となることが多い。
あっこの家[え]→あっこ家[ね] こごの家[え]→こご家[ね] 向げぁの家[え]→向げぁ家[ね]
人の家[え]→人家[ひとね] 太郎の家[え]→太郎家[たろーね] 注:向げぁ…「むげぁ」と読む
説明:「のえ[noe]」が詰まって「ね[ne]」の一音となったのであろう。但し、この表現は、私の祖母こそ多用していた言葉ではあるが、祖母以外の秋田弁話者はあまり使っていない。恐らくマイナーな言い回しなのだろう。だが当テキストでは祖母の話す秋田弁をベースに添えて記述してあるため、これを普通として採用している。その辺はご留意願いたい。
練習問題2:次の()内の秋田弁を、2のルールに合わせて書き直そう。
(1)(そごの家)のお父さんどさが行ってしまったどや。(2)(あっこの家)ンで人いるえんだ気ーした。(3)(どごの家)の人ンだあれ?(4)(こごの家)の兄さん帰って来たどは。(5)(自分の家)のごども分がらねぁってげぁ?(6)(阿部さんの家)の父さん亡ぐなったど。(7)(向げぁの家)の男の人なんだがおっかねぁごど。(8)(よその家)のごどさンだば関わなせぁ。(9)(人の家)のごどさ口出すものンでねぁ。
3.慣用表現「人代名詞+ほ[方]」
語彙の問題だが、秋田弁では「人代名詞+ほ[方]」で、「人代名詞のほう(向き)」「人代名詞のところ(所属組織)」というような意味になる。
自称:私のほう、私のところ→俺ほ・俺らほ
対称①:君のほう、君のところ→ん前ぁほ・お前ぁほ・めぁほ
対称②:あなたのほう、あなたのところ→あンだほ
説明:この「ほ」は、標準語の「方[ほう]」の中でも、特に「方向」と「所属組織」を表す「方」である(以下の用例参照)。なお、これも自称・対称の単数のみのようで、「~がだほ」とはまず言わないし、他称と組み合わせて「あれほ」などともまず言わない。暗記しよう。
①あなたのところではそうなの?私のところではそんな行事やってない。
→あンだほンでンだばんだなげぁ?俺らほンでンだばそんだ行事やってねぁ。
②私が君の方に手を伸ばしているのに、どうして君はそっちへ手を伸ばす?
→俺らん前ぁほさ手伸べでるあじ、なしてん前ぁそっちゃ手伸べる?
説明:ここでいう①の「あンだほ」「おらほ」の「ほ」は、具体的には、例えば「学校」とか、「会社」とか、「町内」とか或いは「家」とかである(所属組織)。対して②の「ほ」は、手を伸ばす方向について言っている。
注意:「人代名詞+ほ」の「ほ」は、あくまで「方向」と「所属組織」を表すのみ。「俺のほ大っき。」等のような「比較」の意味を「俺ほ大っき。」「俺らほ大っき。」等とは表せない。上記の例に挙げた「方向」と「所属組織」のみを表す、一つの語彙に過ぎないのである。
練習問題3:次の()内の標準語を、秋田弁にしてみよう。
(1)(私のところ)ンでンだば、米って言えば秋田こまぢンだ。(2)(君のところ)ンでンだばなんだ米食う?(3)(あなたのところ)の兄さんあど結婚したは?(4)わい、虫(私の方)さ飛んで来た。(5)おや、鳥がだ(君の方)さばり行ぐごど。なしてンだ?(6)ほら、ボール(あなたの方)さ行ったや?取って来い。
参考:「人名詞+の+~」→ごく稀に、「の」を省き「人名詞+~」と言う。
俺の部屋→俺部屋 ん前ぁの父さん→ん前ぁ父[どー]さん 父[とう]の声→とーこえ
父さんの車→父さん車[くるま] お婆ちゃんのほう→お婆ちゃんほ
説明:「人名詞-~」の「~」の語頭がカ行・タ行の場合、ガ行・ダ行に濁ることもあるが(例:んめぁどーさん)、必ずそうなるわけでもない。この辺りは、話者が複合語として「人名詞-~」と認識しているか、一体化して一つの単語みたいにみなしているかで異なるのだろう。なお、これはあまり聞かれない現象なので、当テキストでも参考程度に留めてある。
練習問題解答:
練習問題1:(1)俺家(2)俺ら家(3)あンだ家(4)あンだ家
練習問題2:(1)そご家[ね](2)あっこ家(3)どご家(4)こご家(5)自分家(6)阿倍さん家(7)向げぁ家(8)よそ家(9)人家
練習問題3:(1)俺ほ(2)ん前ぁほ(3)あンだほ(4)俺ほ(5)ん前ぁほ(6)あンだほ
解説:練習3の「俺ほ」は「俺らほ」でも、「ん前ぁほ」は「お前ぁほ」「めぁほ」でも問題ない。
終わりに
以上で今回の秋田方言の勉強は終わり。
なお、最後の参考のところはあくまで参考ですので、そういう現象もあるんだなぁ程度の認識でいいです。ほんとにほとんど耳にしませんから。
ともあれ今回はこのへんで。へばな。
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