第5回:「~さん」「~っこ」がついたときの発音と人名の発音
みなさん、こんばんは。
今回は、本講座「秋田弁訛り練習帳」の最終課です。
最終課だけあって少々ややこしい勉強になりますが、最後までお付き合いくだされば幸いです。
なお、今回勉強する話は、言語資料が乏しい中で作った法則であるがゆえに、正確性はそこまで高くないかもしれないということをあらかじめ申し上げておきます。
本当はあまり正確でないことは書きたくはない性分なのですが、それでも秋田弁の発音を知らない人にとっては、秋田弁を使いたいとなった場合に一定の指針が不可欠だと思いますので、違和感のない方言の目安として、この第五回を執筆した次第です。
1.秋田弁の接尾語「~さん」「~っこ」
秋田弁では、「~さん」「~様」を表すのに「~さん」という言葉を使う。例えば、「佐藤さん」「保坂さん」「佐竹さん(秋田藩主の姓)」「神さん」「仏さん」のように言う。
そして小さい物や親しみのある物に対してはしばしば「~っこ」という言葉を使う。例えば、「虫っこ」「石っこ」「銭[じぇん]っこ」「茶碗っこ」「コップっこ」のように言う。
上で挙げた例を見れば分かるように、「~さん」「~っこ」は、基本的には「秋田弁単語+さん」「秋田弁単語+っこ」という発音をすればそれでいい。
ところが、「さん」「っこ」の直前の音によっては、「すずぎ[鈴木]+さん」→「すずきさん」や「はえただぎ+っこ」→「はえただきっこ」のように、音が変化することもある。
今回はこの変化について学ぶ。
2.「さん」「っこ」によって音が変わるもの
「さん」「っこ」が付くと発音が変化してしまう音は、以下のものに限られる。
①無声音(※)のイ段・ウ段→ささやく音に変化する。
例1:むし+っこ→むしっこ コップ+っこ→コップっこ
例2:いか゚らし+さん→いか゚らしさん あさひ+さん→あさひさん
※:第一回「ささやく音になる音」で習ったが、無声音とは カ行・サ行・タ行・ハ行・パ行の5種類の音のこと。
下線はささやく音を表している。ご覧の通り、もともとはささやく音ではなかった無声音のイ段・ウ段「し」「プ」「し」「ひ」が、「っこ」「さん」が直後についた結果、ささやく音に変化している。
②「ぎ」「ぐ」「ぢ」「づ」→清音に変化。更にその清音はささやく音として発音する。
例1:はえ-ただぎ+っこ→はえ-ただきっこ くぢ+っこ→くちっこ
例2:すずぎ+さん→すずきさん あがまづ+さん→あがまつさん
下線はささやく音を表す。ご覧の通り、もともとは濁音「ぎ」「ぢ」「ぎ」「づ」だった音が清音「き」「ち」「き」「つ」に変化した上、更にそれらがささやく音と化している。
以上が、「さん」や「っこ」がつくと変化する音のすべてである。なお変化するのはあくまで「さん」「っこ」の直前の音のみなので、そこは気を付けよう。
説明は以上である。あとは練習を繰り返して覚えよう。
3.人名の発音
ところで、秋田弁の人名(姓ではなく、名の方。姓はこれまで習った法則に従って秋田弁に訛らせればいいだけ)の発音は、なかなか難しい。
まずそもそもの問題として、外でのご老人の会話などを聞いていても、苗字で呼び合うくらいが普通で、下の名前で呼ぶ姿をあまり見かけない。よほど親しい友人か、家族が相手でなければそもそも下の名前など使わないだろう。そのせいでまず言語資料に乏しい。
なので、今回説明する人名の発音に関する指針も、せいぜい我が家の祖母が家族や親戚の名前を言う際の傾向を資料として、当サイトとしての指針を定めたものに過ぎないのだが、それでも参考くらいにはなるだろうから、敢えて言及することにした。
秋田弁での人名の発音は、基本的には、これまでの規則通りに標準語→秋田弁で訛らせればいいのだけれど、人名の「子」「太」等がつくものは、「複合語」という扱いになるらしい。
複合語の場合は、前回習ったように、「〇△-×□」とあった場合は、「〇△」と「×□」をそれぞれ別個に秋田弁風に訛らせて、そのあとで「〇△(秋田弁版)」+「×□(秋田弁版)」をそのまま繋げればよいことになる(例:「けんりつ-としょかん」なら「けんりづ」+「としょがん」→「けんりづとしょがん」等等)。
人名の例:以下、ハイフン「-」は語の切れ目を表す。
①耕太[こーた]→分けると「こー-た」→「こー」+「た」→「こーた」
②結子[ゆーこ]→分けると「ゆー-こ」→「ゆー」+「こ」→「ゆーこ」
③田鶴子[たづこ]→分けると「たづ-こ」→「たンづ」+「こ」→「たンづこ」
ご覧の通り、複合語扱いなので、「た[太]」「こ[子]」は濁ることなくそのまま前の音につなげる。
但し、複合語というのは、前回も言ったけれども、その言葉を話者が言葉をどう解釈しているのか・認識しているのかに依存しているところがあるので、ある程度の傾向はあっても、最終的には人によって発音が違うことになる。したがってあまり厳密な正解を求めることは、当サイトとしてもしないことにしている。
まぁ参考までに挙げておくなら、当サイトの方針としては、①「~太」、②「~子」、③「~太郎」という人名については、複合語と判断することにしている(いずれも「~」の部分と「太」「子」「太郎」の部分で明確に分けられやすそうだったから指針としてそう定めただけ)。
4.「子」の発音についての当サイトの指針
単なる当サイトとしての指針だが、「~子」については、当サイトでは、今回習った「っこ」と同じように、条件次第で直前の音を変化させるものとして扱うことにしている。
つまり、「〇△□-こ」の「□」の音が無声音のイ段・ウ段や「ぎ」「ぐ」「ぢ」「づ」だった場合は、「っこ」の時同様に、直前の音をささやく音に変化させるものとして解釈する。
なお、このような指針を定めたのは、単に「あきこ」「たつこ」のような人名を「あぎこ」「たづこ」と訛らせる発音を聞いた記憶が私にはないからである。
例1:希子
①語の切れ目で分解すると「き-こ」
②今回習った「っこ」のルールに従うと、「無声音のイ段・ウ段」はささやく音化する。
③よって、「き-こ」→「きこ」
となる(こっちは実際に聞いたことがある)。
例2:秋子[あき-こ]
①意味の切れ目で分解すると「あぎ[秋]」+「こ[子]」
②今回習った「っこ」のルールに従うと、「ぎ」「ぐ」「ぢ」「づ」は清音化&ささやく音化。
③よって、「あぎ-こ」→「あきこ」
となるだろう(こっちは実際に聞いたことはないので推測。)。
練習問題
練習問題:次の標準語を、秋田弁語彙に変換してみよう。なお、「〇-〇」とあった場合、「-」の部分が語の切れ目と解釈すること。また、(愛着)(小さいもの)とあった場合は、秋田弁の「っこ」を付けるものと判断すること。
①かみ-さま[神様]・さたけ-さま[佐竹様]・さとー[佐藤]-さん・ほさか[保坂]-さん
②いぬ[犬](愛着)・ちゃわん[茶碗](小さいもの)・さら[皿](小さいもの)
③すずき[鈴木]-さん・あかまつ[赤松]-さん・たかし[隆]-さん・にんぷ[妊婦]-さん・おきゃく[御客]-さん
④むし[虫](小さいもの)・コップ(愛着)・もち[餅](小さいもの)・くつ[靴](愛着)・ひ[火](愛着)・はえ-たたき(愛着)
⑤ふみ-こ[文子]・きよ-こ[清子]・ゆー-こ[裕子]・あき-こ[秋子]・たつ-こ[辰子]・き-こ-さま[紀子様]
⑥こー-た[耕太]・しょーた[翔太]・もも-たろー[桃太郎]・うらしま-たろー[浦島太郎]・こ-たろー[小太郎]
⑦あきら[昭]・ひろゆき[博之]・たかひろ[貴広]・かつとし[勝利]・ひろたか[広隆]
練習解答:赤字部分が今回習った部分である。
①かみ-さん・さだげ-さん・さどー-さん・ほさが-さん
②いぬっこ・ちゃわんっこ・さらっこ
③すンずき-さん・あがまつ-さん・たがし-さん・にんぷ-さん・おぎゃく-さん
④むしっこ・コップっこ・もちっこ・くつっこ・ひっこ・はえ-ただきっこ
⑤ふみ-こ・きよ-こ・ゆー-こ・あき-こ・たつ-こ・き-こ-さん
⑥こー-た・しょーた・もも-たろー・うらしま-たろー・こ-たろー
⑦あぎら・ひろゆぎ・たがひろ・かつとし・ひろだが
簡易解説:習った通りではあるが、一応簡単に解説する。
①:標準語の「様」「さん」は、秋田弁では「さん」と言う。
②:小さいもの、愛着あるものに対しては、「っこ」という言葉がよく付けられる。
③④:「さん」「っこ」は、直前の音が無声音のイ段・ウ段や、「ぎぐぢづ」だった場合、直前の音を清音に変え、ささやく音に変化させる。下線は無声音になったことを分かり易くするために便宜上付けた。
なお、③の最後の「おぎゃくさん」は前回の「お○○」と絡む応用問題。「客[きゃく]」単体だと秋田弁では「きゃぐ」と発音するが、これに「お」をつけると「おぎゃぐ」になる(前回参照)。更にこれに「さん」が付くと、「ぎぐぢづ」は「きくちつ」のささやく音に変わるという今回習った法則により、「おぎゃくさん」に変化するというわけである。
半端な発音なように見えるが、実際うちの祖母は「客」単体の時は「きゃぐ」、「お客さん」と言うときは「おぎゃくさん」と発音するので、この発音については確信がある。
⑤⑥:ハイフン「-」があることから、「〇△-×□」の「〇△」と「×□」でできた複合語として解釈して秋田弁風に訛らせればよい。そうすると今回の場合、赤字部分のように清音(濁らない音)のままとなる。但し、「子」の場合は「っこ」と同じように直前の音を変化させる(と当サイトでは定めている)ので、太字下線のように清音化&ささやく音化する。また、「様」は秋田弁で「さん」なので、「きこさま」も「きこさん」になる。たとえ皇族であっても「さん」呼びである。秋田弁的には「さん」=「様」なのでなにもおかしな話ではない。
⑦:ハイフン「-」がないことから、語の切れ目などは認識されていないものと解釈し、普通の単語と同じように秋田弁風に訛らせればよい。
終わりに
以上をもちまして、今回の勉強もおしまいです。
そして今回をもちまして、5回に渡って学習したこの「秋田弁訛り練習帳」の講座も閉講となります。
秋田弁の発音は、現実には、この第1回から第5回で習ったものが厳密に守られているわけではないのですが(例えば、「しょーどづ[衝突]」を「しょーとづ」と発音する人がいたり、はたまた「はいだづ[配達]」を「はいだつ」と発音する人がいたりと、実は結構テキトーなところがあります。こういう発音のブレは漢語由来の言葉(人名の場合も含む)に特に著しい気がします。)、大体の傾向としては、この「秋田弁訛り練習帳」で習った通りです。
ともあれ、今現在秋田弁を話せない人達が、より正確な秋田弁の訛りを再現するのに、この講座が役立ってくれれば幸いです。
なお、これで秋田弁の基礎の基礎たる「語彙形成」についての話も終わったので、そろそろしばらくほったらかしにしていた「秋田弁の文法・語法」といった実用的な話に主眼を置いた講座を、また始めたいと思います。
まぁ最初は多分、中途半端に終わっていた「置換で学ぶ秋田弁」の続きからでしょうかね。それが終わったら「文」レベルの秋田弁の読み書きの練習をする講座でも始めようかと考えています。
長話はここまでにして、そろそろいつものお別れの挨拶といきましょうか。
それではみなさん、またいつか。へばなー。
関連ページ
- 第1回:ささやく音になる音
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