コラム:物騒に聞こえる秋田弁
秋田弁は、その発音的な特徴から、標準語話者の耳で聞けばとんでもない誤変換をされる会話というのが稀にあります。
今回は、そんなとんでも誤変換されかねない言葉の例を挙げていきます。
1.食事中にいきなり「シネ」と言われる
秋田弁話者と一緒に食事をしてると、稀にいきなり「シネ」などと言われることがあります。
私も昔、祖母と食事をしていた時、祖母がイカを食べながら、いきなりこう言ったのでかなりビビりました。「うん、少しシネァ。」
「…え?いきなり死ね?なに言ってるんだこの婆さん!」などと早とちりしないでくださいね。これ、「死ね」ではありませんから。
実は、この「シネァ」は、食べ物が固くて噛みきり難いのを言う言葉です。
例えば、「この肉しねぁして食ゎえねぁ」と言えば、「この肉は固く噛み切りにくくて食べられない」ということを表します。
うちの祖母の「うん。少しシネァ。」の例では、祖母はイカの干したものを嚙みながら食べていましたね。
つまり「死ね」ではありません。このイカは少し固くて噛み切れず、食べづらい、そう言っていただけだったのです!
おお…なんとわかり辛い。知らないと下手したら喧嘩ものですよねコレ…。
2.夏場にいきなり「ムスコ殺す」などと言い始める
これも私の祖母の話。
夏場、部屋に小さなハエや蚊などが入り始めた季節(家がおんぼろなせいですかねコレ)。
私は、祖母と父と一緒に食事をしていました。部屋には小さなハエが何匹も飛んでいます。
すると突然、祖母は言いました。「むすこ殺す。」と。
これを聞いて私はもちろんビビりました。
「なに、息子殺す!?息子って今ここにいる父さんのことだろ!?なにをおっぱじめようってんだこの婆さん!!」と。
そんなビビったリアクションの私を見て、父は大爆笑。
「息子ンでねぁして○○○ンだ。」と言ったのでした。
さて、ここで問題。この「ムスコ」とは結局なんだったのでしょう。ヒントは文脈。
~~~~~~~~答え合わせ~~~~~~~
…はい。文脈考えればなんとなくわからなくはないですよね。
部屋には小さなハエが何匹も飛んでいました。ハエ、つまりムシ[虫]の一種。
つまり、「ムスコ」とは「ムシ」=「ムシッコ」のこと。だから、祖母が言おうとしていたのは、「虫っこ殺す。」だったのでした。いやはや、勘違いとは恐ろしい。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
それにしても、なぜ「むすこ」と「むしっこ」を聞き間違えるなんてことが起こるのでしょうか。
標準語的には、普通ありえないですよね。「す」と「し」なんてそうそう聞き間違えませんし、さらに言えば「っ」という音の途切れもあります。
にもかかわらず、標準語話者の私は見事に聞き間違えた。一体何が原因なのでしょうか。
これについてもちゃんとした理由があります。「私の耳が悪いから」とか言わないでくださいね。私の聴覚は至って健康です(健康診断的に)。
ともあれ原因を解説しますと、なんのことはない、実は秋田弁では、「い」段の母音が標準語と違うせいで、「し」の音が「すぃ」という発音、つまり、実質標準語の「す」の音に似てしまうのです。
更に更に、秋田弁では、名詞の後ろによく「っこ」を付けます。「虫っこ」「茶碗っこ」「コップっこ」、果ては「箸立でっこ」「ハエ叩きっこ」とまで言います。
加えまして、秋田弁ではあの音を中断させるような音「っ」は、しばしば存在しないが如く、非常に短く発音されます。先に挙げた例で言いますと、「虫こ」「茶碗こ」「コプこ」「箸立でこ」「ハエ叩きこ」といった具合です。
そしてとどめは、標準語でおなじみの「無声音化」。試しに「むすこ」「くさい」と発音してみてください。着目すべきは太字の「す」「く」の音。
どうです?なんだかささやく時みたいな、かすかな「す」「く」になっていませんか?英語の「star」「kick」の「s」「k」みたいなかすかな音になっていませんか?(日本語習得の場所が東日本の人は、だいたいこの無声音化が自然に起こります。)
そういう、母音がはっきり発音されずに、息だけのかすかな音になる現象を「無声音化」とか「無声母音化」とか言うのですが、このような現象は秋田弁でも見られ、発音の聞き取りにくさが更に増していくわけであります。
以上をまとめますと、今回の「ムスコ殺す」発言は、
①秋田弁の「し」が「すぃ」という「す」に近い音で発音されること
②秋田弁では「名詞」の後ろによく「っこ」を付けること
③秋田弁では「っ」は極めて短く発音される傾向があること
④秋田弁でも無声音化が起こり、母音が聞き取り難くなること
の4現象による悪魔のコンビネーションアタックが成せる技だったのでした。いやはや、まったくヒドイ迷惑な連携プレイもあったもんですね(責任転嫁)。
3.トンカチを食わせようとする
さてさて、最後は、というか最後も食事の話です。
うちの祖母は昔よく私に言っていました。「トンカヂ買ってきたがらん前ぁも食ぅぇ。」と。
「え、トンカヂ?トンカヂって、トンカチ[かなづち]のことだろ?なんだこの婆さん、俺にそんなもん食わせる気なのか?」などと邪推してはなりません。
そうではない、ないのです。実はこれ、「トンカヂ」とは、標準語の「豚カツ」のことです。
実は秋田弁では、人により地域によりまた単語により、「づ」と「ぢ」の区別があいまいになっている場合があります。
当サイトでは原則「ぢ」と「づ」は別物扱いしていますが、例えばうちの祖母も、「くつ[靴]」のことはしばしば「くぢ」と言いますし(「口」と同音で発音されるということ)、「トンカツ[豚カツ]」のことも「トンカヂ」と言います(実質かなづちの「トンカヂ」と同音になる)。
こういう現象は、必ずしもすべての単語にわたって起きるわけでもないので(実際うちの祖母も靴と豚カツとか以外では「づ」を「ぢ」と言うことはほぼない)、当サイトでは「ぢ」と「づ」は区別するものとしていますが、実際の秋田弁では人により地域により、そういうことが起こり得るので注意が必要です。
なお、「トンカツとトンカチだとアクセント違うだろうに。」と鋭いツッコミを入れる人がいるかもしれませんが、うちの祖母は、なぜかアクセントを「ト」に置いて「トンカヂ」と言ってやみません。うちの婆[ばば]の個人的な癖でしょうか?
終わりに:以上から学ぶべきこと
以上で、誤解を招きかねない言葉についての説明は終わりです。
これらの例から学ぶべきこととしては、
①「シネァ」は「堅くて噛み切りにくい」という、食べ物の性質を表す形容詞。
②秋田弁の「し」は「すぃ」という感じの発音なので、「す」に聞こえやすい。
③秋田弁は名詞に「っこ」を付ける。
④秋田弁の「っ」はしばしば非常に短い
⑤秋田弁でも無声母音化(ささやき音になること)は健在
⑥秋田弁では、時に「ぢ」を「づ」と言ったり、「づ」を「ぢ」と言ったりする。
といったところでしょうか。
最近の70歳代以下の人であれば、発音もだいたい標準語に近くなっているので、こういう誤解をすることはないと思いますが、80代以上の人などは、伝統的な秋田弁の発音を維持していることも多いです。
なので、なにか秋田弁話者が信じられないような暴言を吐いたのを聞いたというようなときは、冷静に文脈と秋田弁の発音の特徴を鑑みてくださいね。単なる誤解の場合もありますので。
以上にて、今回のお話は終いとさせていただきます。ではまた。へばなー。