第2課:伸縮自在の「ん」
みなさん、こんばんは。齶田浦です。
今回は、秋田弁の「ん」の伸縮自在性について学んでいきます。
今日の秋田弁川柳
では、今日の秋田弁川柳です。
詠んでみましょう。
第一句
じぇもなもね
えだどもきゃぐだ
ねずみくる
第二句
あだなでも
ひとのえだえだ
あがしつぐ
第三句
じぇんもねば
きゃぐもなもこね
なんもなね
さて、いかがでしたでしょうか?たぶん「じぇ」とた「えだえだ」辺りで「???」となった人が多いのではないでしょうか。
ですがこれも、実は秋田弁の発音の特徴がわかり辛くしているのであって、理由が分かればどうということでもないのです。
ともあれ、解説に入っていきましょう。
第一句解説
ではまずは、第一句の解説から。
第一句は、以下のようなものでした。
じぇもなもね
えだどもきゃぐだ
ねずみくる
ですが、これを当サイトの表記に直すと、以下のようになります。
じぇんもなんもねぁ
えんだンどもきゃぐンだ
ねずみくる
いかがでしょう?違いは分かりましたか?
「じぇ」が「じぇん」に、「なも」が「なんも」に、「えだ」が「えんだ」になっていますね。これは一体どういうことなのでしょうか?
はい、実はですね、これは、秋田弁の「ん」は、しばしば非常に短く発音され、短く発音する際には一音として数えられなくなる、という性質によるものなのです。
まぁ要するに、前回習った「っ」と同じ性質ですね。
「じぇん」や「なんも」や「えんだ」は、通常は「じぇ・ん」=2音の長さ、「な・ん・も」「え・ん・だ」=それぞれ3音の長さのはずですが、これを短めに発音する際には「じぇン」=1音の長さ、「なンも」「えンだ」=それぞれ2音の長さというように、音の長さとしてカウントされなくなるわけです。
今回の川柳の例ですと
長く発音すれば
じぇ・ん・も・な・ん・も・ね(7音)
え・ん・だ・ど・も・きゃ・ぐ・だ(8音)
ね・ず・み・く・る(5音)
となるはずの句が、短く発音するがために
じぇン・も・なン・も・ね(5音)
えン・だ・ど・も・きゃ・ぐ・だ(7音)
ね・ず・み・く・る(5音)
のように短縮してしまっているわけです。
また、標準語表記の場合、鼻音を表す「ン」の表記はないので、結果的には以下のような表記になりますね(鼻音の発音法については、詳しくは発音講座追記参照。要は「ん」を非常に短くしたような音である)。
じぇ・も・な・も・ね(5音)
え・だ・ど・も・きゃ・ぐ・だ(7音)
ね・ず・み・く・る(5音)
いかがでしたでしょうか?秋田弁の「ん」の性質、理解できましたでしょうか?
まぁ前回の「っ」と同じ性質ですから、すんなり理解できる人も多いのではないかと思います。
(第一句語釈)
特に興味はないと思いますが、第一句語義解説です。
じぇんもなんもねぁ(お金もなにもない)
えんだンどもきゃぐンだ(ようだが客である)
ねずみくる(鼠は来る)
語釈:
一行目
①じぇん…「銭」。つまりお金のこと。しばしば「じぇんっこ」のように「っこ」を付ける。
例1:じぇんっここんでにけるの?ん前ぁじぇんいだわしぐねぁ?
訳:お金をこんなにくれるの?君、お金が惜しくないの?
例2:あえンだば金取りいがらじぇんだばなんぼでもあるあんだべ。
訳:あの人は給料がいいからお金ならいくらでもあるのだろう。
②なんも…「なにも」。転じて「少しも」の意味にも用いられる。
例1:おらなんも聞でねぁや?誰言ったそんだごど?
訳:私はなにも聞いていないよ?誰が言ったんだ、そんなこと?
例2:おら家のあんちゃんだばなんも勉強さねぁンでだは。
訳:うちの兄さんは少しも勉強しないでいるわ。
二行目
③えんだ…「ようだ」。比況「まるで…かのようだ」の意味もあれば、推量「どうやら~ようだ」の意味もある。ついでに婉曲「~ようだ」の意味もある。
例1:わい、あんだ姿勢取れるってげぁ?なんも骨ねぁえんだな。
訳:うわ、あんな姿勢が取れるってかい?なにも骨がないかのようだ。
例2:今日ンだば雨降るえんだな。
訳:今日は雨が降るようね。
例3:もしあンだも欲しえんだば、あンださもけるや?
訳:もしあなたも欲しいようなら、あなたにもあげるよ?
④ども…「けれども」の意味。前の音を鼻にかかる音にする性質もあるため、当サイトでは直前の音に「ン」を添えている。
例1:ん前ぁの気持ぢも分がるンども、そえンでも駄目ンだごどは駄目ンだ。
訳:お前の気持ちも分かるけれども、それでも駄目なことは駄目だよ。
例2:じぇんだばあるンども、いだわしがらけらえねぁ。
訳:お金はあるけど、惜しいからあげられない。
⑤だ…「だ」「である」の意味。但し、秋田弁の「だ」は「AだB」で「AであるB」のように名詞修飾が可能。なお、これも直前の音を鼻にかかる音にする性質があるので当サイトでは前の音に「ン」を添えている。
例1:毎週土日休みンだ人なの、今時かえって珍しあんでねぁが?
訳:毎週土日が休みである人なんて、今時かえって珍しいんじゃないか?
例2:あっこの家の人、金持ぢンだどごがら嫁っこもらったどや。
訳:あそこの家の人、金持ちであるところから嫁をもらったとさ。
語義解説は以上です。
第二句解説
では次に、第二句の解説に入ります。
第二句は、以下のようなものでした。
あだなでも
ひとのえだえだ
あがしつぐ
今、これを当サイト表記に直すと、以下のようになります。
あんだなンでも
ひとのえンだえんだ
あがしつぐ
では、いつも通り、違いを見ていきましょう。
両者の違いとはずばり「あんだ」と「あだ」、「えんだ」と「えだ」ですね。
これについては、先ほどの第一句の現象と全く同じですね。みなさん、自分で説明できますでしょうか?
はい、つまりですね、秋田弁の「ん」は、短く言う時は音としてカウントされなくなる、という現象です。
今回の例ですと、「あ・ん・だ」=3音の長さが「あン・だ」=2音の長さに縮み、「え・ん・だ」=3音の長さが「えン・だ」=2音の長さに短縮されたわけです。
まとめますと、以下のように変化したわけです。
ゆっくり言う場合
あ・ん・だ・な・で・も(6音)
ひ・と・の・え・だ・え・ん・だ(8音)
あ・が・し・つ・ぐ(5音)
↓
早く言う場合
あン・だ・な・で・も(5音)
ひ・と・の・え・だ・えン・だ(7音)
あ・が・し・つ・ぐ(5音)
↓
標準語表記につき「ン」は消去
あ・だ・な・で・も(5音)
ひ・と・の・え・だ・え・だ(7音)
あ・が・し・つ・ぐ(5音)
第二句の解説は以上です。
(第二句語義解説)
第二句の意味について解説しておきます。
あんだなンでも(あんなものでも)
ひとのえンだえんだ(人の家であるようだ)
あがしつぐ(明かりがつく)
語釈
一行目
①あんだ…「あんな」。秋田弁では、「あんな」「こんな」「そんな」「どんな」は「あんだ」「こんだ」「そんだ」「なんだ」という。
例1:あンだあんだどさありってあってだあんだ?
訳:あなたはあんなところに歩いて行っているの?
例2:なんだごどせばこんだ田舎ンであんだ金持ぢなにいって?
訳:どんなことをすればこんな田舎であんな金持ちになれるってんだい?
例3:そんだごどばり言ってれば前ぁもあんだ大人なるや?
訳:そんなことばかり言っていると、お前もあんな大人になるよ?
②な…「寒いの苦手だ」「こんなの嫌だ」の「の」に当たる言葉。
例1:俺ら寒びな苦手ンだ。
訳:私は寒いのが苦手だ。
例2:ん前ぁこんだな好ぎンだ?
訳:お前はこんなのは好きかい?
二行目
③え…「家」。
例1:人のえのごどさあまり口出しするものンでねぁ。
訳:人の家のことにあまり口出しするものではない。
例2:あンだえのあんちゃんもーそんだ年なったは?
訳:あなたの家のお兄さん、もうそんな年になったの?
④えんだ…「ようだ」の意。第一句語義解説参照。
三行目
⑤あがし…「明かり」のこと。我が家では主にろうそくの火のことを言う。因みに秋田弁では、単語によっては時々標準語の「り」が「し」に変化する。「やっぱり」→「やっぱし」なども、昔はよく聞かれた(今時はあまり耳にしない印象)。
例1:夜危ねぁがら寝る前ぁにあがしっこけしてけれ。
訳:夜は危ないから寝る前に明かりを消してくれ。
例2:やっぱしあがしねぁばなんもめねぁもんだなー。
訳:やはり明かりがないとなにも見えないものだねぇ。
解説は以上です。
第三句解説
最後に第三句の解説に入ります。
第三句は以下のようなものでしたね。
じぇんもねば
きゃぐもなもこね
なんもなね
これを当サイトの表記に変えると、以下のようになります。
じぇんもねぁば
きゃぐもなんもこねぁ
なんもなねぁ
みなさん、違いは分かりましたでしょうか。
はい、そうです。違いは2行目の「きゃぐもなもこね」の「なも」が「なんも」になっている点ですね。
まぁこれも、第一句、第二句の現象を把握した皆さまなら理由はすぐわかるでしょう。
要は二行目の「な・ん・も」(3音)が「なン・も」(2音)に短縮したのです。これも「ん」は秋田方言では短く言う時は音の長さとして数えられなくなるという現象によりますね。
ゆっくり発音
じぇ・ん・も・ね・ば(5音)
きゃ・ぐ・も・な・ん・も・こ・ね(8音)
な・ん・も・な・ね(5音)
↓
早く発音すると?
じぇ・ん・も・ね・ば(5音)
きゃ・ぐ・も・なン・も・こ・ね(7音)
な・ん・も・な・ね(5音)
↓
標準語表記につき「ン」デリート
じぇ・ん・も・ね・ば(5音)
きゃ・ぐ・も・な・も・こ・ね(7音)
な・ん・も・な・ね(5音)
ところでみなさま、実は今回の句は応用問題となっております。上の句を見て、少し気づくことはありませんか?
はい、実はですね。今回の句、一行目「じぇんもねば」、二行目「きゃぐもなんもこね」、三行目「なんもなね」いずれも「ん」が入っているのです。
それにもかかわらず、短縮を起こしているのは二行目のみ。これは一体どういうことなのでしょうか?
勘のいい人や記憶力のいい人は、すでに答えが浮かんでいるかもしれませんね。
はい、実は秋田弁の「ん」の音の長さですが、これは話者の側が自分で長く言うか短く言うかを決める問題です。
なので、別に1行目で長く言っているからと言って2行目、3行目も長めて言わなければならないということはないのです。
これも第一課の伸縮自在の「っ」で習った現象そっくりですね。覚えておきましょう。
なお、秋田弁の「ん」の長短には、「ぎんなん」のように「ん」が1単語内に複数ある時や、「チョーカン[朝刊]」「ハッテン(発展)」のように「ん」とともに「っ」「ー」が1単語内にある時には少し制限が出てきますが、今回は関係ないのでこの話はまた違う課でしたいと思います。
ともあれ、第三句のリズムの解説は以上です。
(第三句語義解説)
恒例の秋田弁川柳語義解説です。
じぇんもねぁば(お金もなければ)
きゃぐもなんもこねぁ(客も少しも来ない)
なんもなねぁ(どうにもならない)
語釈:
①じぇん…お金のこと。第一句解説参照。
②なんも…なにも。少しも。第一句解説参照。
③なんもなねぁ…「なんもならねぁ」の省略。どうにもならない。仕方がない。「ならねぁ」→「なねぁ」については、第一課の第三句語義解説参照。
例1:今更そんだごど言ったたってなんもなねぁべせぁ。
訳:今頃そんなことを言ったって仕方がないでしょう。
例2:あぎらめれ。そえンだば、なんもなねぁごどンだあんだって。
訳:諦めなさい。それは、どうにもならないことなんだってば。
まとめと終わりの言葉
それでは、最後に今回学んだことをおさらいしましょう。
今日のポイント
①秋田弁の「ん」は、長く言う時と短く言う時がある。
②長く言う時は、他の音と同じ長さで言う。短く言う時は、音の長さとしては数えられないほど短く言う。さながら「ん」が脱落したかのように。
③「ん」の長短は、話者が自由に決めてよい。
④ゆえに、秋田弁としては、短歌や川柳のリズムでは、「ん」は1音として数えても数えなくてもよい。自由に短くしたり長くしたりしよう。
⑤「だんだん」「ちょーかん」「はってん」のように、1単語内に「ん」とともに「ん」「ー」「っ」があるときは制限が出る。これは後で勉強。
今日の川柳一覧
第一句
じぇもなもね(=じぇんもなんもねぁ)
えだどもきゃぐだ(=えんだンどもきゃぐンだ)
ねずみくる
第二句
あだなでも(=あんだなンでも)
ひとのえだえだ(=ひとのえンだえんだ)
あがしつぐ
第三句
じぇんもねば(じぇんもねぁば)
きゃぐもなもこね(きゃぐもなんもこねぁ)
なんもなね(なんもなねぁ)
終わりに
以上にて、今回の勉強は終了です。
「っ」に続いて「ん」まで伸縮自在とは、いやはや、秋田弁、反則ですね。
でも秋田弁の伸縮自在性についてはもう少し続きます。
「っ」「ん」と来たら、勘のいい人なら次に来るものは分かるやもしれませぬな。
因みに、例の秋田弁de川柳では、今回習った「ん」の伸縮自在性はどう使われているかと申しますと、「なんも」が「なも」になったり、「あんちゃん」が「あんちゃ」になったりといった例が見受けられますね(2016年12月16日や2017年1月24日の川柳など)。
その他は、それっぽいものはあっても、「ん」と表記しているために、標準語表記的にぱっと見字余りかな?っていう作品があったりする程度です。
「っ」の例と違って、「ん」の短縮は、標準語表記では省略すると意味が通じない可能性があり、表記すれば字余りとなるなど、なかなか難しい立場のようですね。方言の標準語表記の限界が垣間見えます。
なお、秋田弁de川柳の投稿作品については、インターネット上で「秋田弁de川柳」と検索すれば、過去作もいくらか見れるようですので、興味のある方はご覧になってもよいのではないかと思います。
ともあれ、今回はこのへんで。へばなー。
蛇足:当サイトの「なも」と「なんも」表記
(蛇足なのでここまで読み進めて細かいところで「あれ?」となった人以外は見なくて大丈夫。)
ところで、すでにお気づきの人もいたかもしれませんが、当サイトでは、実は「なんも」を「なも」と書いたりしている部分も多々あります。
実を申しますと、「っ」の方と違い、「ん」の長短に関しましては、当サイトとしても表記の統一が完璧には取られていません。
というのは、「っ」の場合と違って、「ん」や「ン」はどっちが原型なのかがよくわからないことが多いからです。
たとえば、秋田弁の「なンだ」と「なんだ」。これは標準語の「のだ」に対応する言葉なので、当サイトとしては「なンだ」が本来の形では?と考えているのですが、実際の秋田弁では、稀に「なんだ」と発音することもあります。
たとえば、秋田弁の「えんだ」と「えンだ」。これは標準語の「ようだ」に対応する言葉ですので、当サイトとしては、「ようだ」→「よーンだ」→「えーンだ」→「えんだ」の変遷を辿ったものと見て(秋田弁では、「よ」が「え」になる語彙が稀に見られる。例:よげぁ→えげぁ ゆぎ→えぎ等等)、「えんだ」を基本表記にしているのですが、実際には「えンだ」のように短く発音することも多々あります。
この他にも、「ままンで」=「まンまンで」が強調でゆっくり言われる際には「まんーまンで」のように発音されることもありますし、「~するたびに」=「~するたンびに」も、強調する場合は「~するたんびに」と発音されます。
まぁ要するに、もともとの形が「ン」のはずのものも強調されれば「ん」と一音分の長さになってしまいますし、もともと「ん」のはずのものも短く言えば「ン」と0音分の長さに短縮してしまう。
そんな事情があるせいで、「ん」が強調の意味合いで使われているのか、それともそれが本来の形なのかで迷ってしまい、当サイトの「ん」「ン」表記は完璧には統一されていないのでした。ややこしくて申し訳ない。
なお、鼻にかかる音「ン」ってなんじゃい?と疑問に思った方は、発音講座追記:鼻母音の発音方法の方に目を通していただけたらと思います。要は鼻から抜ける音のことですね。東北弁では多用されます。
また、本課で川柳のリズムを解説する際に、「きゃぐンだ」「えンだ」「えんだンども」などの「ンだ」「ンども」の「ン」を省略したことに「??」となった人のために申しますと、そちらの「ン」を無視したのは、リズムの解説とは関係のない部分だからです。
リズムで重要なのは、もともと「ん」だったものが「ン」に短縮する例ですからね。それ以外の「ン」まで表記しちゃうとややこしいと思いまして。
ともあれ、今度こそこのへんで失礼します。へばなー。
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