音韻変化
みなさん、こんにちは。
今回は、近代秋田方言の音韻変化について勉強していきます。
近代秋田方言の音韻変化
音韻変化とは?
要は発音変化のことを、当サイトではそう表現しています。
標準語でいえば、たとえば「読んでしまう」を「読んじゃう」と言ったり、「ここにあるの?」を「ここにあんの?」と言ったりしますよね?「てしま」→「じゃ」、「るの」→「んの」と発音が変化しているわけです。
この手の発音変化というのは秋田方言にも色々あり、口語でも多用されているのです。今回はそれらについて学んでいこうというわけであります。
近代秋田方言の音韻変化まとめ
近代秋田方言としては、音韻変化するものとしては以下のようなものがあります。
1.未然形の音韻変化
①秋田方言で、未然形が「-ら」となるもの+打消助動詞「ねぁ」
→「ら」を省いて「-ねぁ」となります。
例:取らねぁ→取ねぁ 知らねぁ→知ねぁ 刈らねぁ→刈ねぁ
説明:これは、恐らくはもともと「取らねぁ」→「取んねぁ」、「知らねぁ」→「知んねぁ」となっていたものが、更に短く言われるようになったということなのでしょう。
②秋田方言で、助動詞「れる」「られる」の未然形+打消助動詞「ねぁ」
→「-れねぁ」「-られねぁ」が変じて「-んねぁ」「-らんねぁ」となります。
例:読まれねぁ→読まんねぁ 見られねぁ→見らんねぁ 寝られねぁ→寝らんねぁ 来られねぁ→来らんねぁ されねぁ→さんねぁ
2.連用形の音韻変化
連用形の音韻変化は、五段動詞の「音便」が主なものとなります(①~⑤)。例外として、秋田方言としては、希望の助動詞「てぁ」が後ろにつくときにも発音が変化することがあります。
以下、標準語→秋田方言、の対応関係をまとめます。
①標準語で、「-あいて」「-あいた」「-あいたら」「-あいたり」となるもの。
→秋田方言で、「-えぁで」「-えぁだ」「-えぁだら」「-えぁだり」となります。
例:書[ka]いて→書[け]ぁで 咲[sa]いた→咲[せ]ぁだ 炊[ta]いたら→炊[て]ぁだら 泣[na]いたり→泣[ね]ぁだり 騒[sawa]いだ→騒ゑぁだ
説明:「あい」が約まって「えぁ」となったということですね。「わい」→「ゑぁ」の変化は、標準語的にも現代秋田弁的にもなじみがないので要注意です。発音は文字通りワ行+えぁです。
参考:なお、標準語で受身の「-られる」となるものは、近代秋田方言では「れぁる」に約まることもあったようです。以下、『秋田方言』に見られた例を以下に示しましょう。但し表記は当サイト風に直してあります。
例1:騒ゑぁだら怒れぁだ p203
例2:干柿のすんだ。したば怒れぁだ のすんだ…盗んだ、だろう。 P225
例3:そんたごどするもんだら叱れぁるべ p236
例4:役所さ呼ばれで調べれぁだ p237
説明:「叱ら-れる」→「叱ら-える」→「叱れぁる」、「怒ら-れる」→「怒ら-える」→「怒れぁる」、「調べ-られる」→「調べ-らえる」→「調べ-れぁる」の変化なのでしょうね。但し今のところこれ以外に用例が見つからないので、言及するにとどめておきます。「られれば」→「れぁれば」、「られれ」→「れぁれ」となるかまでは分からない、ということです。
②標準語で、「-いで」「-いだ」「-いだら」「-いだり」となるもの。
→秋田方言で、「-んで」「-んだ」「-んだら」「-んだり」となります。
例:急いで→急んで すすいだ→すすんだ 剥いだら→剥んだら もいだり→もんだり
補足:要するに「い」→「ん」と変化したわけですが、この変化した後の「ん」は、更に「ン」に約まったり、①の如く省略されたりもします。
例:急んで→急ンで/急で すすんだ→すすンだ/すすだ 剥んだら→剥ンだら/剥だら 捥んだり→もンだり/もだり
③標準語で、「-んで」「-んだ」「-んだら」「-んだり」となるものの一部(下の説明参照)。→秋田方言で、「-いで」「-いだ」「-いだら」「-いだり」となるそうです。
例:飛んで→飛いで 呼んだ→呼いだ 運んだら→運いだら 遊んだり→遊いだり
説明:「一部」とは、五段動詞でバ行活用のもののことです。要は、「飛ぶ」「呼ぶ」「運ぶ」など、終止形が「-ぶ」で終わる動詞のことですね。
標準語では「飛びて」→「飛んで」、「呼びで」→「呼んで」などと発音変しますが、それが秋田方言では「飛びて」→「飛いで」、「呼びて」→「呼いで」となるということらしいです。現代の秋田弁ではもはや聞かない現象ですね。
④標準語で、「-れて」「-れた」「-れたら」「-れたり」となるもの→秋田方言で、「-っで」「-っだ」「-っだら」「-っだり」となります。
例:忘れて→忘っで 遅れた→遅っだ 隠れたら→隠っだら 呆れたり→呆っだり
説明:ラ行の下一段動詞に見られる現象です。とはいえ必ずなるものでもなく、『秋田方言』の用例的にも普通に「晴れだり」などと言うことの方が多いように感じます。また、「れる」「られる」などの助動詞までこの現象を起こすかは不明です。少なくとも『秋田方言』には、れるられるでこの現象を起こした用例は確認できません。
参考:『秋田方言』では、この他「-えで」「-えだ」「-えだら」「-えだり」となるものも、「-っで」「-っだ」「-っだら」「-っだり」となると言ってます。但し用例を見るに「おぼえて/おぼえた/おぼえたら/おぼえたり」→「おべっで/おべっだ/おべっだら/おべっだり」を挙げているのみです。
これはむしろ「-える」で終わる動詞が約まる例「おぼえる」→「おべる」、「みえる」→「める」、「きこえる」→「きける」、「きえる」→「ける」の現象を勘違いして分析したもののように見えるので、当サイトとしては採用致しませんでした。
⑤標準語の、「待って」「待った」「待ったら」「待ったり」
→秋田方言で、「待ぢで」「待ぢだ」「待ぢだら」「待ぢだり」となります。
例:待って→待ぢで 待った→待ぢだ 待ったら→待ぢだら 待ったり→待ぢだり
⑥標準語で、「-りたい」となるもの→秋田方言で、「ってぁ」となります。
例:滑りたい→滑ってぁ 登りたい→登ってぁ 上がりたい→上がってぁ
3.終止形・連体形の音便
①秋田方言で、終止形・連体形の語末が「-る」となるもの+助動詞「べ」
→「-るべ」が変じて「-んべ」となります。
例:有るべ→有んべ やるべ→やんべ 起ぎるべ→起ぎんべ 寝るべ→寝んべ 来るべ→来んべ するべ→すんべ 信じるべ→信じんべ
説明:『秋田方言』には助動詞の例が載っていませんが、恐らくは助動詞「れる」「られる」「せる」「らせる」「やる」「みしゃる」等も、同様の現象を起こすものと思います。
②秋田方言で、終止形・連体形の語末が「-る」となるもの+終助詞「な」
→「-るな」が変じて「-んな」となります。
例:有るな→有んな やるな→やんな 起ぎるな→起ぎんな 寝るな→寝んな 来るな→来んな するな→すんな 信じるな→信じんな
説明:この「な」は、『秋田方言』の用例を見るに、禁止の終助詞「な」のことかと思います。助動詞「れる/られる」+「な」の例もあることから、「-る」に終わる助動詞もこれと同じ現象を起こすものと思います。
③秋田方言で、終止形・連体形の語末が「-る」となるもの+助詞「に」
→「-るに」が変じて「んに」となります。
例:有るに→有んに やるに→やんに 起ぎるに→起ぎんに 寝るに→寝んに 来るに→来んに するに→すんに 信じるに→信じんに
説明:この「に」は、『秋田方言』の用例を見るに、格助詞の「に」のことのようです。「勉強するに行ぐ」「勉強するにい」「勉強するに限る」などの「に」がこれに当たります。同じく、恐らくは「-る」で終わる助動詞もこれと同じ現象を起こすものと思います。以下省略。
④秋田方言で、終止形・連体形の語末が「-る」となるもの+「時[どぎ]」
→「-るどぎ」が変じて「-っとぎ」となります。
例:有るどぎ→有っとぎ やるどぎ→やっとぎ 起ぎるどぎ→起ぎっとぎ 寝るどぎ→寝っとぎ 来るどぎ→来っとぎ するどぎ→すっとぎ 信じるどぎ→信じっとぎ
⑤秋田方言で、終止形・連体形の語末が「-る」となるもの+「所[どご]」
→「-るどご」が変じて「-っとご」となります。
例:有るどご→有っとご やるどご→やっとご 起ぎるどご→起ぎっとご 寝るどご→寝っとご 来るどご→来っとご するどご→すっとご 信じるどご→信じっとご
⑥秋田方言で、終止形・連体形の語末が「-る」となるもの+「ども」
→「-るども」が変じて「-っとも」となります。
例:有るども→有っとも やるども→やっとも 起ぎるども→起ぎっとも 寝るども→寝っとも 来るども→来っとも するども→すっとも 信じるども→信じっとも
⑦秋田方言で、終止形・連体形の語末が「-る」となるもの+副助詞「だげ」
→「-るだげ」が変じて「-ったげ」となる。
例:有るだげ→有ったげ やるだげ→やったげ 起ぎるだげ→起ぎったげ 寝るだげ→寝ったげ 来るだげ→来ったげ するだげ→すったげ 信じるだげ→信じったげ
④~⑦は、まとめて「『-る』で終わる用言は、タ行・ダ行で始まる語に続く時、「る」を「っ」に転じる」と覚えてもよいと思います。というかそれが『秋田方言』本来の書き方だったりします。当サイトでは分かり易くするために使われる具体例で示していますが。
⑧秋田方言で、終止形・連体形の語末が「-る」となるもの+終助詞「が」
→「-るが」が変じて「-っか」となる。
例:有るが→有っか やるか→やっか 起ぎるが→起ぎっか 寝るが→寝っか 来るが→来っか するが→すっか 信じるが→信じっか
説明:正確には、終助詞「か」は本来最初から清音「か」です。それが前の語と結合することで濁音化して「が」となるわけですが、その結合する前の語というのが「る」で終わるものであった場合は、「る」が「っ」に変化→「っ」の後ろでは濁音化しない→清音「か」のままの形で現れる、なるわけです。
まぁ覚えるときはややこしいので、「-るが」→「-っか」となることがある、とだけ覚えればよろしいです。
⑨秋田方言で、終止形・連体形の語末が「-る」となるもの+終助詞「げぁ」
→「-るげぁ」が変じて「-っけぁ」となる。
例:有るげぁ→有っけぁ やるげぁ→やっけぁ 起ぎるげぁ→起ぎっけぁ 寝るげぁ→寝っけぁ 来るげぁ→来っけぁ するげぁ→すっけぁ 信じるげぁ→信じっけぁ
説明:終助詞「げぁ」も、本来の音は「けぁ」。これが濁ったり濁らなかったりする事情については、終助詞「か」と同様の事情なので、⑨の説明のところを参照されたく思います。
⑩秋田方言で、終止形・連体形の語末が「-る」となるもの+終助詞「でぁ」
→「-るでぁ」が変じて「-ってぁ」となる。
例:有るでぁ→有ってぁ やるでぁ→やってぁ 起ぎるでぁ→起ぎってぁ 寝るでぁ→寝ってぁ 来るでぁ→来ってぁ するでぁ→すってぁ 信じるでぁ→信じってぁ
⑪秋田方言で、「死ぬ」+助動詞「べ」→「死んべ」となります。
例:死ぬべ→死んべ
⑫秋田方言で、「死ぬ」+タ行・ダ行で終わるもの→「死ん~」となります。
例:死ぬどぎ→死んどぎ 死ぬどご→死んどご 死ぬども→死んども 死ぬだげ→死んだげ
説明:『秋田方言』に「死んどぎ」「死んども」「死んだげ」の用例は示されていませんが、「死ぬ」の終止形がタ行・ダ行音に連なる時は「死ぬ」が「死ん」に発音される旨書かれていますので、そこから復元致しました。
終わりに
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